私たちが思うこと「お料理上手は幸せ上手」
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スタッフ日記 by フライパン倶楽部代表



ゴールデンウィークは1泊2日で御殿場に行って参りました。 富士山の奥深い裾野にある国立青年の家。 両隣は自衛隊と米軍の基地です。 こちらからですと、まず浜名湖のある三ケ日から東名高速道路に入ります。 菊川あたりから茶畑が広がります。 整然と段々と若葉色が並ぶ光景が美しいです。 そして、由比に来ると太平洋が見えてきます。 そうこうしているうちに御殿場。 アウトレットのお客さんでしょうか。出口は渋滞でした。 その日は雨で、すぐそこにある富士山が全く見えませんでした。 実際にあるのだけれど、見えない。何かを象徴しているようです。 そんな中で息子といっしょに、びしょ濡れになってサッカーに興じました。 しかし、翌日は見事に晴れてくれました。 今度は打って変わって、美しい富士山がお目見えです。 御殿場からの富士は、さらに雄大でした。 そんな富士のもと、心地良い薫風を受けて広場で若者たちとソフトボール。 すっかり日焼けしてしまいました。 そして、帰りの富士川サービスエリアで見納めです。 「日本人よ、胸を張れ!」富士の声に耳を澄ましていると、 家族連れの方に写真撮影を頼まれました。 やはり、富士は日本一の山なのでしょう。 2008年5月9日


今日は何の日だっけ?そういえば、憲法記念日だな〜。 これが今の日本を象徴している光景ではないでしょうか。 目先の家族サービスに忙しく、改まって考える機会もないのです。 戦後60年を経過して、憲法改正論議が起こっています。 論点は9条でしょう。平和憲法こそ日本の誇りとし護憲を主張する人たち。 主権国家として、自分たちの国を自分たちで守るために改憲を主張する人たち。 どちらも一理あると思います。 私が危惧するのは、今日は何の日だっけ。その感覚の延長に潜む無責任さです。 平和憲法は世界に先駆けて素晴らしい理想をうたう一方で、 それに安住してしまっている面があると感じるのです。 まさに、平和ボケです。 国を守ることをはじめ、すべてが他人任せ。 自分で考え、自分で行動する。独立した個人が育っていない。 そのことの方が問題です。 一人一人が今の憲法で良いのか、じっくり考えるプロセスがまず先決です。 それが護憲であろうが、改憲であろうが結果は後についてくるものです。 緊張感のある平和憲法、責任感のある平和憲法であれば最高です。 やはり、それはまず自分からだと思います。 2008年5月3日


今週PTAの総会があり、お役放免となりました。 この1年、父兄の仲間、先生方や地域の方々とお知り合いになり、心通わせ楽しくお仕事をさせていただきました。 子供の精神科の医者である佐々木正美(まさみ)さんが「親の愛情だけでは、子供は育たない」と言われていました。 家庭はもちろんですが、父兄と先生、父兄と父兄、父兄と地域の間に信頼関係が築かれることこそ、 子供たちへの最高の贈物だと感じました。それは「信頼の空気」です。 その温かな「信頼の空気」に包まれると、子供たちは生き生きと、伸び伸びと、堂々と成長して行きます。 この「信頼の空気」作りこそ、PTAの仕事だったと思います。 しだいに、大人の人間関係が希薄になっている今日、大人本人よりも、 実は子供たちの方が冷たい「不信の空気」に影響されてしまうように感じるのです。 それは、PTAという形態をとらなくても、 要は同じ学校の父兄の仲間たち、お世話になっている先生方や地域の方々との信頼関係が築ければ良いのです。 退任の挨拶を聞いていた家内の第一声は、「お父さん、寂しそうだったね。」 2008年4月26日


最近気になるのが、フリーメール宛のメールが届かないことです。 多くは、迷惑フォルダーに入ってしまい、それこそ迷惑なお話となってしまいます。 しかも、迷惑フォルダーに入っていない事もあるのです。これは、驚きです。 こちらの送信ログは残っているのに、どこに消えてしまったのか? フリーであれば、「しかたないか・・・」と霧の中に入ってしまいがちです。 今後はメールを管理するプロバイダーの質が問われてくるでしょう。 一方で、ユーザーも使い分けてはいるのでしょうが、 安易にフリーメールは、使用すべきではないと思います。 常々疑問に思うのが、携帯電話会社の価格競争です。 ユーザーは安くなって嬉しいかもしれませんが、実は危険が潜んでいます。 安価な経費で、セキュリティや社員のモラルを向上させ、 安全面をきちんと確保できるのでしょうか。 「まだまだ安くなります。」という宣伝広告が続くなら、ユーザーは怪しむべきです。 見えないところで、大切な何かが置き去りにされている。 これからは、安さに踊らされてはなりません。 2008年4月19日


菜の花が潮風で揺れる渥美半島は、気候温暖な全国有数の農業王国です。 しかし、この地域には川がなく、水不足で干ばつに悩まされてきた過去があったのです。 そこで、ある壮大なプロジェクトが始動します。 1927年(昭和2年)田原市出身の政治家であり、後に豊橋市長も務めた近藤寿市郎が「豊川用水」の計画を発表。 それは、豊川上流に大きなダムを作り、渥美半島まで導水する農業水利事業です。 近藤が1921年(大正10年)インドネシアに視察に行った時に着想したと言われています。 その実現にむけて、近藤は人々に熱く夢を語り、国にも精力的に働きかけます。 ところが、金融恐慌、戦争がはじまるなど、思うようには進んで行きません。 しかし、近藤は、あきらめません。ついに、1949年(昭和24年)この計画が、国の事業となり工事が始ります。 そして、1963年(昭和38年)完成の日を迎えたのです。 近藤のしたためた夢は、42年の歳月をへて実現したのです。 この水がなければ、今の農業王国はなかったでしょう。 昔の政治家は、半世紀50年先を見て、壮大な夢とロマンをもって事にあたっていたようです。 この季節、豊橋の道端を勢いよく流れていく用水の音に、 近藤のありし日の息遣いを感じることができるようです。 フライパン倶楽部先代の家がある豊橋郊外の赤岩には、 ステッキをもった近藤の銅像がきりりと今日も遠くを見つめています。 2008年4月12日


当社の社長は、お土産にこだわりがあります。 今週は、群馬の伊香保温泉にバス旅行。 お土産は、温泉饅頭でした。 伊香保では、数多くのお店があるようです。 そこで、バス会社に評判の良い饅頭屋を調査させていました。 そして、バス会社がセレクトした饅頭は、真空パック入りの 割と大きなお店のものでした。そのお店も当地では、名が通っているようです。 しかし、社長は、この真空パックが気に入らないのです。 私も、どちらかと言うとそのたちです。 そこで、以前テレビで観たことのあるお店を自分で探し当て、 そこの饅頭も買って来ました。 こちらは、こじんまりとした家庭的なお店で、朝早くから 手作りで作っていたそうです。もちろん、真空パックではありません。 賞味期限は1日だけ。しかし、その日に帰ってこれるので、すぐに食べれます。 やはり、美味しい。久しぶりに、美味しい饅頭をいただいたなあ〜という気分でした。 さすがに、真空パックのものもそれなりの味のようでしたが、 一味違うのです。これは、宇宙で食べると相応しいかも? どうやら、真空パックに偏見があるかもしれませんが、 パックなしの新鮮な饅頭には、やはり真心のようなものを感じてしまうのです。 これこそ、本物の饅頭だと思い、私たちの店も、 パックに入れない饅頭屋さんに習いたいと思いました。 2008年4月5日


春爛漫。広小路の桜もすでに満開を迎えています。 折りよく、新渡戸稲造(にとべいなぞう)先生の「武士道」を 矢内原忠雄(やないはらただお)先生の訳で読んでいました。 「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花かな」(本居宣長) そして、ヨーロッパの人が愛でる薔薇(ばら)との比較が綴られています。 「薔薇は桜の単純さを欠いている。 さらにまた、薔薇が甘美の下に刺(とげ)を隠せること、 その生命に執着すること強靭(きょうじん)にして、 時ならず散らんよりもむしろ枝上に朽つるを選び、 あたかも死を嫌い恐るるがごとくであること、 その華美なる色彩、濃厚なる香気― すべてこれらは桜と著しく異なる特質である。 我が桜花はその美の下に刃をも毒をも潜めず、 自然の召しのままに何時なりとも生を棄て、 その色は華麗ならず、その香りは淡くして人を飽かしめない。」 見事に桜の美を表現した名文です。 それに共感してしまう自分があり、 ああ、私は日本人なのだと改めて思いました。 そんな時に、桜の花とともに散って逝かれた ミスタークックパルこと吉川正芳さんのことを思い出しました。 2年前、突然の訃報に驚いたのですが、まさしく桜の花が散る時期に逝かれたのは、 本望だったように感じます。 2008年3月28日


こんな場所に、こんな花が咲いていたのか。 いや、この花は、ずっとこの場所にあって、 毎年同じ頃に花を咲かせていたはず。 見えているはずの景色は、何も変わらないのに、 生まれて初めて気がついたような感動が、最近しばしばあります。 これは、私の心境の変化?あるいは年の功??なのだろうかと思ったりします。 そんな時、知り合いの牧師先生から、今度、星野富弘(ほしのとみひろ)さんが通う教会の牧師に 招聘されたとお便りをいただきました。 富弘さんは、中学校の体育教師でしたが、鉄棒から落下して、手足の自由を失います。 しかし、口に絵筆をとり、独特のタッチで花を描き、それに詩を添えます。 その作品は、心に響きます。 きっと、富弘さんも、忙しい教員生活から離れた時に、 そばにあった花の美しさに気づいた一人ではないかと想像しました。 今の自分の心境も富弘さんと同じかも?と結びつけてしまいました。 それは、日常生活の喧騒をひととき離れて、ゆっくりと、じっくりと時を過ごすことに、 手がかりがあるように思います。 その時、わかる事は、私たちのぐるりは素晴らしいもので満ち満ちている。 ただ、慌しくしている私たちが、それに気がつかないだけ。 それは、本当にもったいない、もったいない話だと思いました。 2008年3月22日


人気絶頂の「ゴダイゴ」というロックバンドを 突然脱退したメンバーがいました。 スティーブ・フォックスです。 そのころ、私は高校生で、スティーブが宣教活動で、 豊橋の小さな教会を訪れてくれたことが懐かしいです。 彼らの曲のひとつに「ビューティフル・ネーム」があります。 この年齢になって、この曲の歌詞に目覚めています。 「♪名前それは、燃える命、ひとつの地球に、一人づつ一つ♪」 今日までを振り返ると、この名前によって、私は育てられたのだと感じています。 特に、私のおじいちゃんやおばあちゃんは、私が初孫ということもあり 「よっちゃん、よっちゃん」と何度も名前を呼んでくれました。 その響きは、不思議ですね。今も自分の内に美しく残っています。 この呼びかける名前の中に、いっぱいの愛情が詰まっていたのだと思います。 周りの人たちも「よっちゃん、よっちゃん」と呼んでくれました。 どれほどこの名前を聞いてきたことでしょうか。万は悠々と越えているでしょう。 どんな言葉よりも、どんな教えよりも、私にとっては 「よっちゃん」という響きが、一番美しいのです。 今は子供たちの親となり、何よりも愛情を込めて、その子の名前で呼んであげること。 それは、最高の子育てではないかと感じる今日です。 「♪どの子にもひとつの生命が光っている。 呼びかけよう名前を、素晴らしい名前を♪」 2008年3月15日


私の好きな唱歌「春がきた」。 まさしく、今日はこの歌がふさわしい日です。 「春が来た。春が来た。どこに来た。」 それは、昼休みに散歩をした時でした。 私の現在のコースは、まず駅前にあるオフィスから北上。 豊川という大きな川にぶつかります。 川沿いには整備された遊歩道があり、吉田大橋の下をくぐって、豊橋公園へ。 今度は、南下して、クスノキ並木を通って、駅前大通へ。 ぐるっと豊橋の街中を楽しめる30分程度のコースです。 さて、クスノキ並木を通り過ぎた時でした。 この時期にも、緑の葉をつけている強い木なのですが、 「そよ、そよ、そよ」と実に気持ち良くなびいていました。 その風の音が、耳にも優しく心地良いのです。 これこそ、そよ風と呼ぶのでしょうか。風に春を感じました。 次に、駅前大通に入り、沈丁花(じんちょうげ)の香りが漂ってきました。 「これは、近いぞ!」と思いつつ、習性でぐるりを見渡します。 ありました。郵便局前の喫茶店の入口。淡いピンクの小さな花々。 花の香りに春を感じました。 そして、「北風と太陽」の話のように、オフィスにたどり着く直前には、 今季はじめて上着を脱ぎました。太陽の光に春を感じました。 なにか物足りないなあ。そう、食べて春を感じること。 それは今夕のお楽しみです。 2008年3月10日


ココ豊橋は、卓球がさかんな土地柄です。 私のぐるりも、卓球好きが多いのです。 昔は、卓球の専門店も数軒ありました。 日本初のプロ選手で、オリンピックに4大会連続で出場を果たしてきたカットマン。 松下浩二さんをご存知でしょうか。 豊橋の出身です。青陵中学校、桜丘高校と言えば、当時の卓球エリートコース。 私より一年上で、当時から「松下兄弟」で話題の人でした。 双子の弟である雄二選手と共に活躍していまして、 全国大会では、いつも埼玉県の渋谷選手と競っていたのも懐かしいです。 その後も、オリンピックが来るたびに、「おお、松下さんは、まだ現役か!」と 驚きました。4大会連続と言うのは偉業ですね。 かたや、日本卓球界は、「若手が育たないのかな?」寂しくも思いました。 ところが、とうとう時代が変わりました。 先日の世界卓球では、選手ではなく、TV解説者として松下さんが登場。 ご本人も「待ってました!」というお気持ちではなかったでしょうか。 18才の水谷選手など楽しみですね。 バスケット部であった私は、ご本人にお会いする機会がなかったのですが、 街中でお会いできる日も来るかもしれません。 その時は、日の丸を長年背負ってきた松下さんに 「お疲れさま〜」と声をかけてみたいですね。 2008年3月7日


それは、風も強い、肌寒い日曜の午後でした。 近所の子供たちが部屋の中でカードゲームをしていました。 そこに、変わり者の私が、「山に行く人?」の掛け声に 「は〜い!」とすぐに4人の子がのって来ました。 5歳の子が「よ〜し!クワガタ見つけるぞ!」と張り切っています。 やはり、「子供は風の子」外で遊ぶのが好きなようです。 残念ながら、我が家の子は忙しいようで、その日は欠席。 早速、すぐ近くにある岩屋展望台へ出かけました。 展望台までの里山は、ボランティアの皆さんのご尽力で 見事に整備されています。自然に親しめるお勧めスポットです。 ぶらぶらとおしゃべりしながら、古木や岩の下をのぞきながら、 標高100mあまりの展望台まで登って行きます。子供の足でも20分程度で到着。 「着いたぞ〜」とささやかな達成感を感じつつ、視界には、大空が広がっています。 その下には、新幹線が豊橋の街を走り抜ける美しい眺望が楽しめます。 冬眠中のクワガタは発見できませんでしたが、 みんな口々に「楽しかった!楽しかった!」とこぼしていました。 ふと、親以外の大人たちとの交流って、 この子たちにとっても大切だよなと感じました。 彼らにとって「良いおじさん」でありたいと思った一日でした。 2008年3月1日


団塊世代の牧師がポロッとこぼしておられました。 「男性は弱いですよ。女性の方がよっぽど強い。 先日も奥さんを亡くしたご主人は、後を追いかけるように すぐに逝ってしまった。ひとり残された男性は、本当に寂しそうですね。」 何か実感がこもっていて、今でもその言葉が心に残っています。 ぐるりを振り返ると、いろんな人たちを思い浮かべ、そうかもなあ、なるほどなあと 否定する事ができませんでした。 団塊の人たちは、私の目からみると、仕事に明け暮れ自信満々で、 何か近づきにくい印象がありました。 しかし、今は、定年退職などを向かえ、一線を引いている事もあるのでしょうか、 うつむき加減な殿方が多いように感じます。 一方、同じ世代の女性の皆さんは、元気印に見える方が多いのです。 あのエネルギーは何処からと感じることもあります。 そこで、思い出したのが、「レディーファースト」。 イギリス人のジェントルマンたちは賢いかもしれません。 小さなころから女性を大切にしていますので、最後までしっかりと支えてもらえる。 「レディーファースト」とは、男性の自己保身の知恵のようにも感じてしまいました。 そこには、「男性は弱いもの」という正しい認識があり、 女性を大切にすることは、すなわち自分自身を大切にしていることなのでしょう。 2008年2月23日


市営児童クラブの会合に出席しました。 聞きなれない方もおられると思いますが、 小学校低学年児を放課後に預けるところです。 私の小学校時代にはありませんでした。 年々預けられる児童の数が増えているのです。 そこで、「活動するスペースを広くして欲しい。 午後6時までを7時までに延長して欲しい。」 などの意見が飛び交います。 市民の言われるままに、どんどんと いわゆるサービスが向上して行くのでしょうか。 子をもつ親として、歯がゆく感じました。 いろんな事情がありますので一概に言えないのですが。 ただ、現状は、行き過ぎてしまっていないでしょうか。 子供の視点に立てば、学校から帰って来て、 迎えてくれる誰かがいるのは、やはり嬉しいことです。 特に、低学年までは、親と一緒にいたいものです。 それは、決してお金ではかえられません。 近年女性の社会進出が叫ばれ、保育サービスの拡充は、 際限のないものを感じます。それが是とされる風潮もあります。 一方で、子供たちを寂しくさせることに拍車をかけているのなら、 何のためのサービスなのか。 子育ての主体は、あくまで親です。それは、譲れません。 子どもたちは、親がだいだいの大好きなのです。 もう一度、子供にとって何が良いのか。 検討の余地、工夫の余地はあると思います。 2008年2月19日


明るい家庭づくり推進大会に参加しました。 今年で25回目を迎えるそうです。 こんな大会があるのを知ったのも、PTAの役得のひとつです。 主に子供たちの作文や壁新聞の表彰が行なわれます。 行政が主体となっていますので、豊橋市長が来賓で挨拶をされました。 作文は、読書から。 ここまでは順当な話でしたが、その後の話に魅かれました。 それは、速読ならぬ遅読のすすめでした。 世には、速読術のノウハウ本などが氾濫していますが、 スローライフ、スローフードならぬスローブックと言ったところでしょうか。 市長のオリジナルではなく、ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎さんの発案だそうです。 説得力が増しますね。 生まれてこの方、本は早く沢山読むべしと刷り込まれていましたので、 非常に新鮮に感じました。 また、決して読むのが早い方ではないので、ほっとしました。 そう言えば、熟読吟味という言葉も日本語にはあります。 それは、速読ではなく、遅読からもたらされるものでしょう。 そうなれば、何を読むかもじっくり選びたいところです。 このホームページも遅読していただける内容である事が 問われているのかもしれません。 日々更新のみにとらわれず、味わい深い情報を提供して参りたいですね。 2008年2月14日


田原の街に家内とぶらりと出かけました。 街に入ると「祝甲子園出場 成章高校」の垂れ幕。 藩校上がりの伝統をもつ県立高校が21世紀枠を勝ち取りました。 平日午前中の高校にも足を運ぶと、さすがに物静かでした。 成章高校のまわりは、田原の中心部で、数多くの史跡があり、散策して楽しめます。 おすすめスポットです。お隣の池ノ原公園は、渡辺崋山が自刃した屋敷跡。 その歴史がよくわかるように整備されています。 旺盛に西洋事情を研究し、鎖国の非を唱えたかどで幕府より国元での蟄居を命ぜられます。 田原藩の家老でもあった崋山は、藩にも悪影響が及ぶことを危惧し、 絶筆の書「不忠不孝 渡辺登」を遺して散って行きます。 まさに、板ばさみでした。藩や幕府にも忠実に仕えつつも、 幕府の非にも気づいていた。外国船打払令に対して、時機を慎むべしと 「慎機論」をしたためていたのは、鋭い洞察です。 時同じくして、すでにアヘン戦争が勃発。 崋山の死は、明治維新の夜明けを感じる出来事でした。 この死を機に、日本が物凄い勢いで走り抜けて行きます。 崋山は、今の時代をどのように見ているのだろうか・・・ ともかく、その精神を受け継ぐ、成章球児の活躍を楽しみにしています。 2008年2月9日


最近のマイブームが「アルプスの少女ハイジ」です。 子供たちの枕元で読み聞かせ。 すると、いつの間にか、眠ってしまいます。 翌日の朝には、「どこまで覚えてる?」と聞いたりしています。 日本でハイジと聞くと、多分、宮崎駿さんが関わった あのアニメのハイジをまずイメージするのではないでしょうか。 また、一昨年は実写で映画化されて話題になりました。 ところが、意外とアニメや映画では知っていても原作を知らない。 私もその口でした。 そんな時、ある雑誌で、知人のお母様の記事に目がとまりました。 それは、原作のハイジの魅力を綴っていました。 そこで、早速書店で購入して読んでみました。それが、実に、素晴らしい。 アニメなども、本当によくできていると関心していたのですが、 目から鱗で、ハイジを見直しました。 アニメや映画のみで判断し、知ったつもりになっていた事を反省。 原作に触れることの大切さを知りました。 この作品は、私が子供たちに伝えたいことを 実にわかりやすく、おもしろく、魅力的に描いています。 「お父さん、ハイジ読んで!」と評判も上々。 子守唄のようにすぐ寝てしまうので、 しばらく、枕元での読み聞かせが続きそうです。 2008年2月2日


小学校で「エキスポ」がありました。 万博ではなく、いわゆる学習発表会です。 10才になる4年生たちは、「2分の1成人式」を行ないました。 テーマは「いのち」で、自分が生まれた時のことを母親に聞いて、その様子を発表します。 お母さんには感謝の手紙を渡します。 そして、小さいころの写真がスクリーンに映し出され、 ひとりひとりが、立派な大人になることをめざして、将来の夢を宣言します。 最後に、みんなで「スマイルアゲイン」という歌を合唱。 非常に力強く声がでていて、私も心動かされました。 声がひとつになる。合唱って本当に素晴らしいですね。 多くのお母さんたちが涙を流しておられました。 その「スマイルアゲイン」の歌詞も、曲も素晴らしく、 だれが作った歌なのかなと興味をもちました。 そこで、インターネットで検索。作詞作曲とも都立小学校の先生。 中山真理さんという方でした。子供たちのために歌を作っているようです。 こんな先生がいるのかと、嬉しくなりました。 それにしても、良い企画でした。小学校には感動が待っているようです。 ふと、この歌、卒業式に良いかも〜と思いました。 すでに、次なる感動を予感しています。 2008年1月28日


小さな親切は、いつまでも忘れないものです。 私が小学校低学年の時に、 よく冷たいお茶をもらっていたクラスメイトがいました。 ちょうど、今年の暑い夏に、その方を見かけた瞬間でした。 「ああ、あの子の水筒から冷たいお茶をいただいたなあ。 あのお茶は、おいしかったなあ。」 同じく、商店街の歩道で、補助輪なしの自転車にのる練習をしていました。 ヨロヨロと動かしながら、しだいに調子にのってきました。 ところが、曲がり角にあるお店の前で、バーンと派手に転倒。 すると、その店のおばさんが、私の方にすぐに駆けより 「大丈夫」と親切に介抱してくれました。 今もそのおばさんは、同じお店で働いています。 先日も、おばさんと自転車が同時に目に入りました。 すると、30年以上前の記憶が急によみがえりました。 「ああ、あの時、助けていただいたなあ。おばさん、優しかったなあ。」 改めて、小さな親切の大きな価値を知りました。 そんな隣人の親切を受けて、今の自分がある。 今度は、私の顔とフライパンを見て、すがすがしい思い出がよみがえる。 そんな小さな親切の種を蒔いて行きたい今日この頃です。 2008年1月17日


親子で「大草原の小さな家」を楽しんでいます。 何回となくNHKで放映されていたアメリカのホームドラマです。 昨年ようやく、念願のDVD発売となり、年末から順番に観ています。 西部開拓時代のストーリーですが、扱いっているテーマは 今の時代にも当てはまるものばかりです。 アルコール中毒の父親が一人息子を虐待します。 街の人たちは、教会に集まり、なんとかその子供を助けようと相談をします。 そして、主人公の父さんが、その父親と共同生活をはじめて更生をはかります。 何か問題が生じた時に、街の人が集まって、みんなで助け合う。 例え問題が解決しなくても、ともに悩み、ともに悲しみ、ともに喜びを 分かち合える仲間を持てることは、素晴らしいですね。 「地域力」の価値を改めて思いました。それにしても、「大草原の小さな家」 どの作品も充実したストーリーで多くを教えられます。 NHKがあれほど再放送したのも頷けます。「古き良き」かもしれませんが、それが伝統。 アメリカの底力なるものを感じます。 2008年1月10日


明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 年末年始の挨拶は、堅苦しいように感じることもあります。 しかし、この日本の礼儀作法を「芸術」と感じた人がいます。 その名は「小泉八雲」(こいずみやくも)とラジオで紹介されていました。 イギリス人で後に日本国籍を取得した文豪です。 明治時代のことですから、平成の今とは違っているかもしれません。 それでも、親戚やお取引先などとは 「明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。」と改まる習慣は続いています。 その挨拶の背後にある心を整理してみました。 その心こそが「芸術」の核心でしょう。 「あなた様のお陰もあり、新年を迎えることができましたよ。 本当におめでたく感謝でございます。 どうか、今年も同じようにお力添えをいただき、ますます よろしくお願いいたします。」 人を前にして謙虚になり、感謝できる心。 その時、それが挨拶として表現される。 そんな美しい挨拶をめざして、 この新年にのぞんで参りたいものです。 2008年1月4日


海外在住の日本をこよなく愛する友人から便りがありました。 それは、日曜日の朝の光景をうたっています。 〜百姓が丹誠込めて育てた美味しいお米。 農家が汗水流して作ってくれたみずみずしい旬の野菜と果物。 漁師が遠い海からとって来た新鮮な魚。 味噌職人が丹念に造った味噌。 豆腐屋さんが今朝作った出来立てのお豆腐。 職人が最高の技で作った料理道具の数々。 これを使ってお母さんが人一倍早く起きて愛情を込めて料理してくれた朝食。 これも職人が魂を込めて作った手に馴染む食器に盛られる。 おいしい朝食に成るまでに携わった一人一人の人に感謝をし、 全てを恵んで下さる主に祈りを捧げ頂く朝食。 そこには和敬清寂がある。 なんだか今日は良い一日に成りそう。 張り切って家を出かける。〜 なんだか、新年は良い一年に成りそう。 こんな新年の食卓を迎えたいものです。 いや、気づいて感謝をささげて行きたいです。 皆様、感謝と希望であふれた良いお年を。 2007年12月29日


日曜日に子供クリスマス会がありました。 その夜、家に戻ると、なんだか不穏な空気が流れていました。 タンスの扉が開いたままです。ガラスの破片が、椅子に上に置いてあります。 とっさに、窓ガラスの方に駆けつけると、 鍵のところのみ割られ、誰かが侵入したことが分かりました。 いっしょにいた子供が、「こわいよ〜。こわいよ〜。」と泣き出しました。 そんな時、「お祈りしよう!」と跪きました。 「この部屋に入った人を祝福して下さい。その人の必要が満たされますように。」 すると、私にも、子供にも心に平和がやってきました。 これが、クリスマスの現実でした。 最近のクリスマスは、イルミネーションに飾られ、 現実から逃避するような別世界をつくりがちです。 しかし、この現実に立ち向かって行ける力を与えてくれるのが、 クリスマスの本当の恵みでした。 野宿していた羊飼いが、救い主誕生の知らせを聞いた時、 天使が高らかに賛美したと聖書は教えています。 「地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」 2007年12月27日


娘の習い事で、ハザードランプを灯して迎えに行きました。 そこで、「ゆっくり急げ」という言葉を習い事の先生から教えていただきました。 ラテン語で「フェスティナ・レンテ」 先生の主宰する合奏団の名前でもあります。 きらりと光る魅力のある言葉だなと思いつつ 車に戻りました。すると、エンジンがかかりません。 バッテリーが上がってしまったようです。 そこで、JAF(日本自動車連盟)に、携帯で助けを求めました。 夕方時で、待つこと40分。このような時の待ち時間は、 時間が止まったような、本来はあせりを感じるものです。 しかし、「ゆっくり急げ」の言葉を思い出しました。 心の中でこの言葉を繰り返してみました。 すると、なんだか心安らかになりました。 しばらくして、明るいお兄さんが、駆けつけてくれて、10分程度でものの見事に修理してくれました。 その人は、本当に仕事を楽しんでいる様子で、傍で見ていて気持ちの良いものでした。 働くって、こういうことだよな・・・。 困っている人のために、すぐに駆けつけ、汗をかきつつ助けて、結果として感謝される。 この光景を見れたのは、「ゆっくり急げ」のお土産のようでした。 2007年12月21日


優しい冬の日差しを受けて、小学校の校庭で餅つき大会。 餅つきは、最近リバイバルの兆しですね。 地域のおじいちゃん、おばあちゃんが「餅つき隊」を編成して、 餅つきを子供たちに教えてくれます。 ハソリやお釜に蒸し器、杵も臼もすべて揃っています。しかも3組づつ。 学年ごとに、6回に分けて、子供たちとついて行きます。 その段取りは見事で、まさに地域力を感じました。 見ていると、振り方にも個性がありますね。 私も父親の代表として、久しぶりに杵を振り上げました。 すると、気合が入り過ぎてしまったのか、 餅が臼から飛び出してしまいました。「しまった!」 すぐに、砂をとってくれましたが、幾分小さめのお餅になってしまいました。 「すいません。」お餅をつく時にも、砂糖をまぶしていたのですが、そうすると 堅くならず、カビにくくなるそうです。 餅つきの中にも、先人の知恵が詰まっているのだなあと感じ入りました。 腰に手を当てながら、きなこ餅をおいしくいただきました。 2007年12月14日


日曜日の午後のひととき。 チョコレートフォンデュで、子供たちとクリスマスをお祝いしました。 チーズフォンデュ鍋を使って、ミルクチョコレートを溶かします。 ちょっぴり牛乳を加えました。生クリームを入れてもよかったかも。 具は、フールツ各種。 いちご、りんご、みかん、バナナ、キューイ、パイナップル、柿、マンゴー。 食べやすいサイズに子供たちに切ってもらいます。 一皿に一種づつ。盛り付けも美しく。 これだけのフルーツを一気に楽しめるのも魅力です。香りも漂います。 厚手鍋なので、それほど温度も高くならず、程よい温度加減。 ほんのりチョコをつけて、一口づつ楽しみます。 みんな満足そうでした。 フルーツを楽しむ新しいスタイルかもしれません。 どの具も思いのほか、売れ行きがよく、残ったのは柿でした。 そして、意外にも、マンゴーがチョコレートにあいました。 2007年12月10日


我が家の3人の子供たちが、順番に体調を崩しました。 症状がみんな同じなので、感染するものだったようです。 それは、突然嘔吐をもよおし、1、2日寝込んで、回復する。みんな、このパターンでした。 しかも、一人良くなると、次に。といった感じで一人づつでした。 ようやく、今日は3人揃って登校しました。 風邪やインフルエンザの流行る時期です。 今年は、幸いに手作りの梅酢が常備されていました。 ちょうど、この時期に完成します。素晴らしいタイミング。 この梅エキスで菌を撃退!息子も、酸っぱいのを我慢して、率先して飲んでいました。 体に良いものだと、体も求めるのかもしれません。体の方が知っている。 梅は6月に実がなって、漬けて12月に薬となる。 先人は、すでに体験して、梅の食文化を作りあげてきたようです。 現代医療のみに依存するのではなく、 この風土で生まれ、先人の知恵の詰まった食文化を 改めて見直したいですね。 2007年12月7日


大学時代の友人の結婚式に駆けつけました。 式場は、中央線阿佐ヶ谷駅前の商店街を抜けたキリスト教会。 二人の思い出の場所は「梅の花」とあったのですが、 四十路の峠を越えようとしている彼は、長い風雪に耐えて開いた梅の花のようにも思いました。 彼曰く、「すべてに時あり。神のなさる事は、すべて時にかなって美しい。」 新婦がお父様にエスコートされ、バージンロードを歩き始めました。 ところが、ベールが上がったままの登場。 途中で気がついた花嫁は、花束をもった手で、慌ててベールを下げました。 厳かな会場内は、優しい笑いに包まれ、たちまち打ち解けた雰囲気に。 しかし、「健康の時も、病気の時も・・・」誓いの言葉になると、さすがに変わりました。 「私も証人だ。今の誓い、しかと聞いたぞ。」そんな気持ちでいました。 誓いは重いもの。生涯かけて守り抜くもの。 結婚の先輩として、最近はこの聞き方が、友人への最大のエールです。 2007年11月24日


先週は、一日仕事を休ませていただきました。 喉の痛みからはじまり、熱が出て、鼻がつまり、咳がとまらずといった症状です。 咳が止まらないのは、つらいですね。 そのような体調の中で、あることを悟りました。 「人間は、自分のためには生きられない。人間は、人のためなら生きれる。」 人間は自分中心にできていますが、かといって自分のために生きるというのは、 実はそれほどエネルギーが湧いてきません。 それが、ひとたび「人のため」となれば、ある時は、 命を投げ出すほどの力を秘めていると思うのです。 生まれながら我慢強い人がいるのではありません。 つらい時には、子供のため、家族のため、日本のため、世界のため、 耐え抜いて行きたいです。 だから、そんな生き方を日々していれば、 忍耐力も自ずとついて来るように思うのです。 2007年11月20日


秋の深まりを感じる今日この頃です。 近くの道の駅「潮見坂」では、自然薯(じねんじょ)と「むかご」が 並んでいました。自然薯は1m以上にも根を伸ばすことがあり、 掘り出すのは、かなり大変だと聞きます。 その苦労を思うと、お値段もそれなりです。 これをすり鉢でとろろにして食べるのが、こちらでは一般的です。 子供のころ、口の周りに、とろろがついて、無性に痒くなった事を思い出します。 また、自然薯についてくる種子といったら良いのでしょうか。 豆粒ほどの、小さな芋のような「むかご」は、ご飯にまぶしていただきます。 最近は、このむかごご飯を楽しんでいます。 恥ずかしながら、この年になって、はじめてむかごの存在を知りました。 秋を感じながら、地のものを、自分で作って、家族といただく。 贅沢なひとときです。 2007年11月10日


「絶対」という言葉は、禁句だと思います。 人間のすることで、「絶対」は絶対にありえないからです。 唯一つ絶対なことは、死ぬことです。 この言葉は、全能者の領域です。常に謙虚でありたいです。 しかし、勝負事の世界をはじめ、「絶対」が商売上でも飛び交います。 「絶対」という言葉は、その人の言葉を軽くしてしまうように思うのです。 インターネット社会で、ますます言葉は氾濫していますが、 ますます言葉が軽くなっているようです。 このような時代だからこそ、本物の情報、確かな情報が求められています。 フライパン倶楽部の分岐点も、この言葉の重みのように最近感じます。 フライパン倶楽部の言葉は重い。そのように感じていただけるように、 しっかりと言葉を選んで、しっかりと商品を選んで、 情報を提供して参りたいです。そこにこそ、信頼と安心が生み出されます。 実店舗のオープンで、しばらく情報の更新ができませんでしたが、 来週から少しづつ従来の形に戻って参ります。今後ともよろしくお願いいたします。 2007年11月3日


爽やかな秋風とともに、25日(木)に 実店舗が新装オープンいたしました。 お客様をはじめ、関係者の皆様ありがとうございます。 料理道具を販売する立場で何ができるのか? 中食・外食が蔓延する中で、家庭料理の復権をめざして行くことです。 「お料理上手は、幸せ上手」をかかげ、 引き続き、家庭料理の魅力にせまって参りたいです。 30日(火)までオープン記念セールを実店舗では行っています。 セールは、商品がいつも以上に流れます。 しかし、店はただ商品が流れる場ではありません。 お客様からの情報をいただく場であり、 お客様へ有益な情報をご提供する場だと考えます。 そんな本来の店に近づいて参りたいです。 この機会に、是非愛知県の店舗にもお越し下さい。 そして、お客様のお声をお聞かせ下さい。 良い商品と良い情報をもって、スタッフ一同お待ちいたしています。 2007年10月27日


山に感謝、海に感謝。 我がふるさと豊橋は、山と海に囲まれたのどかなところです。 山の幸、海の幸にも恵まれて、食物も安く新鮮で美味しい。 かといって、田舎臭くはなく、国道1号線や新幹線も通る便の良さ。 ほどほどに都会なので、住み心地は二重マル。 25日オープン予定の新店舗は18階建てビルの1階となります。 上階はマンションとなりますが、スタッフが住む12階からこの豊橋を一望できます。 西に三河湾、南に太平洋、東に石巻山、北に本宮山。 ぐるりと自然に囲まれて、落ち着いた街並みが広がります。 このビルは、ちょうど真ん中。市内電車がゆったりと行き来しています。 秋空がくっきりと広がる今日、この豊橋を満喫できます。 名前のごとく、豊かなところ。視点を変えると、ふるさとを再発見できます。 2007年10月12日


「ニモ」という魚が主人公のアニメを観ました。 魚親子の物語です。広大な海原で、子供と離ればれになった父親が、子供を探しに出かけます。 臆病だった父親が、サメと闘うなど、子供を助けるために奮闘。 見事に父親が変貌します。そして、劇的な再会。 人は、子供によって男になるものだと思いました。 そんな折、こんな言葉に出会いました。 「自分のためじゃなく、誰かのために、がんばれるようになった時、 強くなれるんだなあ。」 そして、子供の目線で物事を見ると、本質が見えてきます。 子供にとっての最高の幸せ。それは、父親と母親の仲が良いこと。 当然すぎるほど、当然のことです。 子供の幸せを考えれば、夫婦の関係を見つめ直すべきでしょう。 不倫浮気など恐ろしいことです。 やはり、父親は母親を愛すること。それは、感情を越えた意志でもあります。 子供のおかげで父親になれる。子供たちへ感謝、感謝。ありがとう。 2007年10月6日


夏休みの駆け込みで、家族5人で日帰りの旅に出かけました。 青春18切符は、ひとり¥2300でJRのり放題、ちょうど5人分。 ココ豊橋からですと普通電車で京都まで3時間程度。 今回は、京都の手前の近江八幡市を目標に朝7時ごろ出発しました。 近江八幡駅に着くと、雨が降ってきました。 それでも、バスに乗り市立資料館などを廻りました。 途中で土砂降りになり、雷も激しく鳴りはじめました。 近くの民家の軒下でしばらく雨宿り。見知らぬ地では心細いものですね。 心配してくれた方が傘を分けてくれました。 かたや、タクシーで帰ろうともしましたが、手をあげても素通り。 雨の旅となりましたが、旅にはアクシデントがつきもの。 雨だからこそ、良きにも悪しきにも、人の情けが沁みました。 観光というのも、名所というよりも「人」だなと感じつつ、 9時半ごろ無事に帰宅しました。 2007年8月25日


「まな板と包丁があれば」夏を乗り切れます。 この暑い夏に、なにかと食がすすみません。 そこで、おすすめは、果物と野菜を冷やして、そのまま食べること。 「まな板と包丁があれば」こんな簡単なメニューはありません。 要は切るだけです。わが故郷は、特別かもしれませんが、この時期は トマト、なし、すいか、メロンがすぐに手に入ります。 旬のものを旬に食べる。ちょうど暑い夏に、こんな素敵な食物があるんですね。 ジュースやアイスクリームなどよりも、断然かだらにも良い。 先日、冬瓜を作っている農家の方がポツリとこぼしていました。 「まな板がないから、野菜を食べないんだよな〜」 おお、そんな視点があるんだと驚きました。 しかし、本物のまな板の感触や、本物の包丁の切れ味を知っているものは頷けます。 「まな板と包丁があれば」この旬の恵みに預かれるのです。 2007年8月18日


子供たちと「未来少年コナン」をレンタルDVDで見直しています。 私が小学生のころNHKで放映していた宮崎駿さんのアニメ作品です。 当時は、ほぼ無名の宮崎さん。無名時代の作は、良いものが多いようにも思います。 作品の時代背景は、2008年。核兵器による戦争で、人類の大半が死滅。 その20年後に、残された人たちが地球再生に挑むストーリです。 2008年と言えば、来年です。非常に現実感を帯びた設定です。 その20年後と言えば、私は、少年コナンのおじいの世代になるかもしれません。 モンスリーという女性が、コナンのおじいに 「あなたたち大人が、戦争によってこんな地球にしてしまったのよ!」 その台詞にドキリとしました。 僕らの世代は、この地球をしっかりと守って行けるのだろうか・・・ 昨日は、長崎に原爆のおちた日。 同じ過ちを犯さない様に、このアニメのメッセージを心に刻んで行きたい。 非常に奥深い作品でした。 2007年8月10日


休日の夕方ごろ車の中で、なにげなくラジオをかけていました。 講演会の実況の様子で、夏目漱石の話になりました。・・・・ 小説「坊ちゃん」の登場人物で、漱石が自分を投影していた人物は? それは、主人公の坊ちゃんではなく、陰湿な性格の「赤シャツ」。 そんな嫌な自分を大胆にユーモラスに綴ったのが漱石なのです。・・・・ 自分を直視できる。自分の弱さや欠点を素直に認めれる。 しかも、ユーモアを持って。私も是非このようになりたいですね。 その話を聞いて、さすが漱石!もう一度、「坊ちゃん」を読み直して見たくなりました。 とつとつした印象はありましたが、その話は明快で実に魅力的でした。 その話し手とは、脳科学を研究している茂木健一郎さん。 NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」の司会者で著名な方だそうです。 そのラジオの話に、私の脳はウキウキ喜んでいたと思います。 早速ネットで検索して著作を読んでいます。その次は、坊ちゃんかな〜。 2007年7月28日


PTAのつながりで農家のおじさんと親しくなりました。 冬は白菜で、この時期は「冬瓜」(とうがん)を作っています。 冬瓜と書くので冬の野菜かなと思っていたのですが、夏の野菜とのこと。 冷暗所に置けば冬まで保存ができるので、この字があてられたとも? 先日、おじさんの大きなお屋敷にお伺いした時に、手作りの尊き冬瓜を2ついただきました。 早速、軽く炒めたり、味噌汁の具としていただいています。 すると、なんだか元気が湧いてきます。それにしても、大きな野菜なのでなかなか食べきれませんが、 随時ラップをかけては、丁寧に扱っています。 また、子供が残しているのを見ると、日焼けしたおじさんの顔が浮かぶので、ついつい口に入れてしまいます。 子供たちも、あのおじさんの作っている光景を見れば、食べ残すこともないのかな〜と思いました。 2007年7月14日


シンプルイズベストだと思う今日この頃です。 昔、数学の証明問題で、ノート2ページに渡って長々と証明して喜んでいると、 回答集には、わずか5行程度で、単純明快に同じ証明をしていました。 愕然としつつも「いや〜お見事!」仕事の中でも、この長々とした証明のように、 複雑にしてしまうことがいかに多いことか。反省の至りです。 文章でも同じです。このホームページでも、あるいはこの日記でも同じでしょう。 その意味で、最近は俳句や短歌に興味を持ち始めました。 伝えたいことを、わずか17文字、31文字で表現してしまう。まさに、シンプル。 この極意を身につけたいですね。しかし、分かったことは、シンプルとは、 本質を突き詰める思考であり、まとわりつく修飾や見栄などを捨てる作業です。 その過程では、かなり労力と時間がかかります。 やはり、原点は、伝えたい意欲、熱意、愛情です。 シンプルイズディフィカルトであり、しかしその向こうには、 シンプルイズビューティフルが待っています。 2007年7月7日


梅雨時に思います。働き盛りの世代で、うつ病が流行っているようです。 周りをみても、忙しい人が本当に多いですね。 自分は大丈夫と思っていた当人が、知らぬ間に病魔につかまってしまう。 心をもっている人間は、みんな弱さを内に秘めています。 気をつけて参りたいです。そこで提案したいのが、「自然に帰れ!」です。 人間は自然と寄り添って生きるようにできている。 土をいじり、花をめで、陽光をあび、山や海にでかける。 夏は夜。月夜をぶらぶら。風を感じ、蛙の音に耳を傾ける。 豊橋はそんな自然に囲まれた素晴らしいロケーションです。 神様は人間が生きやすいように、あえて自然を用意して下さった。 その自然から離れれば、生きにくくなる、つまり心は病んでしまう。 うつ病対策に、輝いて生きていくために「自然に帰れ!」をおすすめします。 2007年7月1日


交通事故の現実には、目を覆うばかりです。 つい先日も、お隣の校区で小学生が車とぶつかって意識不明の重体。 悲惨な現実が身近にありながら、交通事故が依然として減ろうとはしない。 自分も含め、その人間の感覚が恐ろしい。 その感覚をもたらす車も、最近は魔物のように思ってしまいます。 運転を気をつけようと思っても、時の流れとともに、 しだいに慣れの世界に入ってしまい、ハンドルへの緊張感がなくなってしまう。 重大な犯罪行為も、ごくごく普通の市民がおこすのです。 車の街である愛知県から、車社会を見つめなおす時が来ています。 本質的には、交通安全というよりも、車依存の社会を変えていくことではないでしょうか。 いくら経済を支えている車であっても、人の命には代えられない。 毎日毎日どこかで命が失われている。 経済を隠れ蓑にしている魔物に、どのようにのぞんで行くのか。 叡智が結集される時です。 2007年6月7日


先月より小学校PTA役員となり、地域の方と顔合わせの多い毎日です。 もともと私は、豊橋の中心部の出身ですが、 今は、中心部から離れた二川という街に住んでいます。 それでも、世間は狭いものだと感じます。 地域の長老的な存在は、小学校時代にお世話になったミニバスケットの先生。 自治会長さんは、フライパン倶楽部で推奨する竹本油脂の役員の方。 防犯担当さんは、商店街の電線地中化でお世話になった中部電力のOB。 今度は、子供たちを守るために、これらの方々とスクラムを組んでいます。 しかし、以前に良い出会い、良いつながりができると、信頼感も格段に違ってきます。 今日お会いしている人は、明日はいっしょに力をあわせる人かもしれない。 いつその人にお世話になるか分からない。 「一期一会」と言いますが、一回一回の出会いの大切さを身に沁みています。 2007年5月29日


「おはようございます。」通勤途上の朝の道を家内と歩いていました。 後から、軽快に自転車を走らせた、微笑を浮かべたご近所のお母さん。 お子さんが4人いることを伺い、別れた後で家内に 「ご主人は、どんなお仕事だった?」「警察だよ。」 「あ〜」と畏敬の念とともに、私の顔が神妙になってしまいました。 そして、会社に着くと、新聞の大きな見出し。 愛知県警察の痛ましい事件を知りました。 私をいつも震撼させる瞬間があります。それは、特殊部隊の突入! 見ず知らずの人のために命をかけるその瞬間。 突入する人たちの気持ちは、真っ白なのだろうか。 家族のことがよぎるのだろうか。 殉じた人には、生まれたばかりの子供がいたと聞きます。 物心がついた時には、「君のお父さんは、人のために命を捨てたのだよ。立派だったよ。」 それは、「生き様」という子供への最高の贈物のようにも思います。 しかし、「それでも、私にはお父さんが欲しかった・・・」そんな答えが返って来るのかもしれません。 こんな人たちによって、日本の治安が守られている。 いつもわが身を投げて、私たちを守ってくれる人たちがいる。 「ああ、神よ!警察官を、そのご家族を、守りたまえ!」 2007年5月18日


母の日は、お父さん仲間で夕食作りに取組みました。 朝一番、潮見坂(しおみざか)の「道の駅」に買出しに。 テーマは「野菜たっぷり」 献立は、旬を意識しながら「タケノコごはん」「キャベツたっぷりのポトフ」 「茹でスナックエンドウ」「焼きなすのごま油和え」「きゅうりキムチの浅漬け」 「冷やし夏みかんのデザート」子供も含めて30食分にトライ。 段ボール箱2個の野菜は、締めて¥3600也。この価格に驚き!! これは地の利だとも思います。豊橋、田原、湖西、浜松と 太平洋に面したこの地域は自動車産業も活発ですが、野菜生産も断トツの日本一。 道の駅では、生産農家の方から直接購入できます。 ついている価格に、農家の方の善意を感じてしまいました。 自動車のような付加価値の高いものと、野菜を比較してはならない。 自動車が、なくても生きてゆけます。しかし、野菜などの食糧は、必需品なのです。 価格のみで価値を判断してはならない良い例です。 百円と付いている野菜には、百円以上の価値があると思います。 これは、資本主義社会の盲点かもしれません。 改めて、生産農家の方に敬意をもった買出しでした。 ちなみに、想像以上においしく仕上がり、お母さんたちにも喜んでいただきました。 このお料理の価値も、価格では推し量れないでしょう。 2007年5月13日


小学校2年生の息子は、中村俊輔選手にあこがれています。 最近までは、髪型もやや長めにして、俊輔カット?? たまに、出会った人に「君、中村俊輔にそっくり」などと言われると大喜び。 蹴り方から、その助走や仕草まで、本当によく似ているのです。 わずかなビデオでしか本人を見たことがないのですが、すごい観察眼だと感心します。 「大きくなったら、サッカー選手になる」 「10年後には、ワールドカップの日本代表になっている」など 頼もしいことを言ってくれます。 「せいくんは(自分のこと)、有名になることやお金のためじゃなくて、 サッカーが好きだから、サッカー選手になりたいんだ。」そんなことまで口にします。 「そうか〜素晴らしいね。」と私は静かに頷いています。 誕生日には「I LOVE SOCCER」という俊輔のサッカー教室のDVDを買ってもらいました。 そのDVDで中村選手が何度も強調しているのが、パスやドリブルなどの基本徹底。 あの華麗なプレーも、やはり「基本徹底」の開花なんだと妙に納得しました。 「せいくん、何でも基本だよ!」と最近は、息子とパス練習をすることが多くなりました。 2007年5月2日


今月から小学校PTAの役員になり、さすがに会合の多い毎日です。 今まで知らないでいたのですが、学校が運営されるのも、 水面下で多くの方々のご尽力があるのだなと実感しています。 教頭先生などは、あまり授業を持たず、どのような存在なのか 不明だったのですが、本当に水面下でのお仕事が多く、 文字通り「教える頭」なのだとひとり感心しています。 会合の席上で思うのが、だされるお茶です。 会合にもよるのですが、ペットボトルのお茶は、本当に寂しい限りです。 中には、「経費削減で、お茶をだすのは止めましょう!」など声が起こります。 ペットボトルなら、ない方がいいかなと共感もします。 みんな忙しいのは、分かるのですが。このペットボトル会合は、考えものです。 心をこめて入れていただいたお茶は、不思議とその場をホッとさせてくれます。 それは、のどを潤すだけのものでありません。 「お茶くみ」という仕事は、実は会合を左右する重要な役割だとも思います。 会合のそんな風景は、忙しさにまぎれ、心が失われている時代を映し出しているようです。 2007年4月28日


長崎という街に魅力を感じます。 長崎駅前にある西坂丘で、400年前にあった出来事。 12歳の少年を含む26人のキリシタンが喜び輝きながら十字架の上で殉教。 今もその記念碑は、丘の上で燦然と輝いています。 天下を統一した豊臣秀吉による残虐な処刑行為でした。 その後も、多くの人が殉教の死を遂げます。しかし、長崎は負けません。 実に250年の禁教迫害化の江戸時代を乗り越えて、信仰は子々孫々に継承。 そして、原子爆弾のキノコ雲。その惨状は想像を絶します。 さらに、隠れキリシタンの末裔であり、平和市長の呼び声高き、本島等市長が銃撃に。 そして、今週の事件。私の中でなぜか 「ああ〜長崎は今日も雨だった・・・」という曲が響いてしまいました。 その悲しみの中でも、強く逞しく生きている長崎。 決して今日の雨には負けません。そう、長崎は、いつも明日を見つめているのです。 2007年4月21日


山並みの若葉が美しい今日この頃。その緑の色合いが見事です。 じっと目を凝らすと、みんな微妙に違う緑。 今日も、国道一号線の通る豊橋公会堂前の歩道橋に登りました。 真下には市内電車が走ります。 この季節、東の空を仰げば、山並みがくっきりと見えるのです。 歩道橋というと、小学生の通学路をイメージしますが。 大人ももっと楽しむべし。ちょっと高いだけで、眺めが格段に違ってきます。 視点が変わるだけで、「我が街、再発見!」もありです。 最近は、ついつい歩道橋に登ってしまいます。 ココ豊橋は歩道橋が多い地域かもしれません。 安全はなおのこと、階段の上り下り、実に体にも良いですよ! さあ、歩道橋を楽しもう!! 2007年4月17日


「心をこめる」時に、人の心が育って行きます。 心が育つとは、どのような事でしょうか。 それは、信じること、望むこと、愛すること。 この3つが芽生え、豊かになることが、心の育ちだと思います。 それは、「おはよう」というあいさつであったり、 「がんばれ」という励ましであったり。 そこで、買物という行為も、やはり心のこもった人から、心のこもった商品を買いたい。 買物で心が豊かになったり、貧しくなったりする事もあるのです。 だから、商人は、「心をこめて」商売をすべきでしょう。 しかし、なんと言っても食べることです。 真心こめて作られた食材。そして、心をこめて料理する。 それを食べれる人は、最高に豊かで幸せです。 「心をこめる」ところは、どこですか。それは、毎日の台所だと思います。 2007年4月13日


売り買いの現場で思うことです。 売る方は下位で、買う方は上位という変な関係。 士農工商と言われ、売る側の商人は、下位の立場にあるべきなのでしょうか。 福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の教えに返れば、 同じ対等の立場にあるのは基本です。 物の売買の前に、まず人間であることを忘れてはなりません。 売る人にとって、「お客様のため」というのは最重要なことですが、 時にお客様を「わがままにさせた子供」のように 「言いたい放題やりたい放題」させている現場を見かけます。 そこには、本当の意味での良い関係、相互の信頼は生まれてきません。 商人が、自信と愛情をもって商品を提供している。 しっかりとお客様にベネフィットを与えているのなら、 その対価としてお金をいただいているのです。その関係はあくまで、イーブン。 しかし、きちんとベネフィットを与えていないと、 自分を卑下し、媚びへつらってしまう。その姿ほど醜いものはありません。 デフレ化の現場で、自戒を込めて。胸を張れ、商人たちよ! 2007年4月10日


青森県の弘前市を訪れました。 130年の伝統をもつ東奥義塾という学校があります。 その学校の跡地広場には、市立観光館をはじめ 郷土文学館、旧東奥義塾外人教師館など 当時の建物をはじめ、その歴史がわかるように、 きっちりと紹介されていました。 人に自分の街を紹介できるって素晴らしいことですね。 自分の街の歴史を知ることは、自分を知ることではないでしょうか。 そこに、誇りや自信が生まれ、自分の存在意義やアイデンティティ(自分が自分であること)も 秘められているように思います。 最近、わが郷土で興味があるのが「渡辺崋山」(わたなべかざん)です。 日本文化に造詣の深いドナルド・キーン氏が彼の本をだしています。 灯台もと暗しです。わが街には、本当に素晴らしいものが、いっぱいあります。 歴史をたどると、大きな発見と驚きがあります。 2007年4月7日


家内の実家が北海道です。先週は家族で里帰りをしてきました。 まず、家内が勤めていた北広島市のカトリック系養護施設を訪ねました。 そこには、児童向きの図書室があるのですが、大人用の本もきっちり揃っていました。 そのセレクトに唸りました。「素晴らしい!!」 佐藤初女(さとうはつめ)さんの「おむすびの祈り」(PHP研究所)という本に目がとまりました。 この方は、心の病や問題を抱えている人たちを自宅に招き、一緒に食事をするのです。 おむすびをはじめ、その手作りの料理を食べて、人が癒されてゆきます。 そのことが「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第2番」という映画で紹介され話題にもなったそうです。 手作りのおむすびの中に秘められた力。改めて「いのちと食」に開眼。 旅先での貴重な本との出会いでした。 2007年4月2日


「どんな時に、幸せを感じますか。」と問われた事がありました。 意外に答えはでてきません。そこで、ズバリ「おいしいものを、みんなで食べる時」 ちょうど先週、辰巳芳子(たつみよしこ)さんの番組が放映されていて、 なるほどな!と気づいたことでした。 以前、NHKの子供料理番組「ひとりでできるもん!」のエンディングで 「あっちこっちしあわせ」という曲が流れていました。 この曲に、ひと目ぼれ。いや、ひと耳ぼれかもしれません。 食卓の光景を、エンディングという短時間の中で、歌詞に曲に、見事に表現していました。 フィナーレは「ありがと!ありがと!ありがと!ジャジャジャ」明日への希望を感じます。 幸せはぐっと身近なところにある。リニュアルにあたって、 当社の掲げる「お料理上手は、幸せ上手」をいよいよアピールして参りたいです。 「あっちこっちしあわせ」当社のテーマ曲にしたいですね。 2007年3月15日


ある雑誌で「岡野貞一(おかのていいち)」さんのことを知りました。ご存知でしょうか。 日本の唱歌である「故郷(ふるさと)」の作曲者です。 それだけではありません。 この季節にマッチする「春が来た」「春の小川」「おぼろ月夜」など 見事に岡野さんの作曲だと言われています。 あの素晴らしい旋律は、日本の心を表現しているようです。 クリスチャンであった彼は、東京の本郷中央教会でオルガン奏者としても、 忠実に礼拝の奏楽をされていたそうです。 そのオルガンが今も現存しているとのこと。早速、見に行きたくなりました。 しかし、山田耕筰や滝廉太郎に比べるとあまり知られていません。 恥ずかしながら、私もこの年になって初めて知った次第。なぜか。 戦前は、文部省唱歌として、作者がふせられていたこと。 また、ご自身の人柄からでしょうか。身近な家族にも、自身の作であることを知らせなかったようです。 きっと、「イエス様が与えて下さったもの」と信じていたのだと思います。 なおのこと、この自分をださない岡野さんの曲に惚れ込んでしまいました。 世の中、こんな無名の大人物がたくさんいるのでしょうね・・・。娘が只今ヴァイオリンを習っています。 バッハの「G線上のアリア」が弾けると良いなあと、思っていました。 今はそれに加えて、「故郷」をきっちり魂で弾ける様になってほしいですね。 2007年3月3日


春めいた日。昼休みは、ぶらぶらと歩きます。 まず、庭先から漂う沈丁花の香り。私にとって春を感じさせる匂い。 香りだけで懐かしい幸せな気持ちになれます。 そして、吉田城の庭に咲く梅の花。そこのベンチに腰をかけ、玄米弁当を広げます。 平日の昼間は、いつも貸切状態のように静かです。 よく噛みながら、「百花のさきがけ」という梅の花を味わいます。 すると、小鳥たち。春の訪れを楽しんでいるかのように、戯れています。 帰りは、吉田城下を悠久とながれる豊川河川敷を練り歩きます。 鴨がゆったりと気持ちよく泳いでいます。 陽光を浴びると、そのせせらぎがキラキラと宝石のように輝きます。 最近は、この母なる豊川の水が綺麗なのです。 吉田城下でちょうど合流する朝倉川。 「朝倉川育水フォーラム」などの市民運動の賜物でしょう。 橋下から眺めた朝倉川は、実に澄んでいるのです。 こんな地道な努力にこそ、もっともっと春を感じますね。 そして、オフィスのある街中のビルに戻りました。 2007年2月24日


「ポストハーベスト」ってご存知ですか? その名の通り、栽培中ではなく「収穫後」に農作物にかける殺虫剤や防カビ剤等を指します。 国内では禁止されているようですが、輸入農作物には、使用されることがあるようです。 冷静に考えてみれば、遠路はるばる、海外から日本まで大量の農作物を輸送するとなれば、 これはもう大変なことです。飛行機ではなく、多くは船便でしょう。すると、時間がかかります。 虫もつきます。腐敗もあります・・・・その時、気がつくことは、地産地消は一番新鮮で一番安全。 見直されて当然です。食物自給率が40%程度の日本ですが、輸入農作物に依存していると、 後で痛い目に会いそうです。スーパーで見かけるバナナは本当に艶があり綺麗ですね。 しかし、海を越えてやってきたもの。綺麗=良いものとは限りません。 見た目だけで判断せず、その背後にあるものを見つめて行きたいです。 日本は工業製品を作っていれば良い!相互依存のグローバル社会だ! そのようなレベルの問題でもなさそうです。 2007年2月17日


最近、内橋克人さんの書いた「悪夢のサイクル」という本に共感してしまいました。 地方都市の商店街は、見事に寂しくなりました。 正価売りの百貨店ですら、セールが続きます。郊外の量販店も、休みもなく、 営業時間も長くなり、サラリーマン店長さんも四苦八苦です。 しかも、新規の出店は続き、従来のお店は使い捨てのように去ってゆく。 これは、単なる競争ではなく、過当競争の様相です。 日本社会は戦後、競争社会を是とするアメリカ型にならって参りました。 いかに安く、いかに多く売るかで、成長してきたダイエーさんはその象徴でした。 しかし、そのダイエーさんも疲弊しています。この街にも、今はありません。 競争社会が行き着くところは、販売価格は下げ止まらず、 利益は出ず、結局商店は立ち行かなくなってしまう。 それに、インターネットが拍車をかけます。これが「悪夢のサイクル」なのでしょうか。 もはや、商人の努力が足りないという問題ではないようにも感じます。 そして、物を売る現場が疲弊すると、物を作る現場にも影響を与えます。 日本の物づくりの伝統も危うい。質よりもコストばかりが問われる。 物づくりの現場は、これも見事に中国などの国に移行しています。 商店とメーカーが立ち行かなければ、最終的にお客様の利益にはなりません。 さあ、これからです。インターネットも手がける商人として、しっかり考えて参りたいです。 2007年2月10日


常々思っていることは、毎日の食生活と健康です。 「これを食べれば、体に良いです。」そうでしょう。 しかし、何を食べるよりも、どのように食べるかの方が、より重要です。 「納豆が良いよ。」と納豆をたくさん食べれば、良いのではありません。 納豆を食べても、朝食を抜かしたり、間食があったり、夜遅く食べたり、 このような食べ方では、かえって健康を損ないます。 何をの部分は、TVや雑誌等で日々クローズアップされますが、 なぜか、食生活そのものを見直すことがありません。 それは至難の技なのでしょうか。 しかし、病気にかかる事は、ある意味では チャンスなのかもしれません。 病気とは、体が「食生活を見直そうよ!」というサインに 思えることがあります。 そして、時には、現代医療や薬剤よりも治癒効果があるようにも感じます。 食べるとは、漢字で「人を良くする」と書くのは、大いに頷けます。 2007年2月3日


豊橋の天伯(てんぱく)という野菜の産地を、午後4時ごろ車で通り過ぎました。 すでに、西日がまぶしい。夏は西瓜(すいか)の名産地であり、冬は白菜とキャベツ。 農家の方が光をいっぱいに浴びて、ちょうど白菜を刈り取っていました。 その光景が、キラキラと輝いて見えました。いや〜美しいなあ。 ミレーの晩鐘という絵を思い出しました。 農夫婦が仕事を終えて、祈りをささげている。 黄昏時の美しい光景です。農家の人が働く姿。 その中で生まれてくる野菜が、とても尊いものに思えました。 子供たちにも、この姿を見せたいな〜。 それは、最高の食育。そこにこそ、美しい国、JAPANがあるのかもしれません。 2007年1月27日


書店の児童書コーナーで、目に留まった一冊の本がありました。 タイトルは「子供へのまなざし」。私の場合も、タイトルで本を選別してしまう傾向があります。 この言葉に、すぐに反応して、手にとってみました。 ほのぼのとした表紙絵で、なるほどと、共感できる子育ての提言書でした。 しかも、難しい事をわかりやすい言葉で、見事に綴られていました。 かわいい表紙に著者「佐々木正美」とあったので、女性の方かなと思っていましたが、 昭和10年生まれの男性、子供の精神科のお医者さんでした。 最近、佐々木さんの講演会のCDを購入しました。 やはり、これもタイトルに魅かれました。「響きあう心を育てたい」  本も良かったですが、お話も素晴らしかった。 「おはよう!」との挨拶に「おはよう!」と気持ちよく響き合える世界! お互いを信頼し合える、そんな世界が広がって行ってほしい今日この頃です。 2007年1月22日


「どんな牛からでる牛乳がおいしいですか。」との問いに 「幸せな牛からです。」という答えがあります。 その時は、なるほどと思いました。 首相のメールマガジンで、久しぶりに目に留まったのが 「想いやりファーム」牧場主さんの投稿でした。 すなわち、幸せな牛を育てて、牛乳を販売している方です。 幸せな牛からでる牛乳は、加熱殺菌をしなくて良いそうです。 早速、インターネットで注文をして、北海道から無殺菌の牛乳を送っていただきました。 なんとも、あさっりして、飲み心地が良かったです。 「小中学校時代の給食では、いつも鼻から息をしないで、 いっきに牛乳を飲んでいました。これなら大丈夫です。」と 声を送りました。すると、「あの独特な臭い、これは加熱殺菌した時の たんぱく質の焦げ臭なのです。社長曰く、小中学生の時にいやだと感じるということは、 すごく敏感な感覚を持った人」それは、個人的には???マークです。 いろんなやり取りの中で、牛一匹一匹の個性まできっちりと把握している。 現在は80頭だそうですが、100匹以上は増やさないそうです。 「個性が見分けられなくなる」と。その言葉に、なんだか安心いたしました。 2007年1月13日


私の好きなラジオ番組にNHK「ラジオ深夜便」があります。 実際に、その時間に聞くのは少ないのですが、カセットやCDが NHKから購入できるのです。こちらは、大変お勧めです。 このクリスマスに購入したのが、お隣は浜松市の聖隷(せいれい)病院の 創立者である長谷川保(はせがわたもつ)さんご夫妻のインタビューです。 昭和60年ごろの収録で、山根基世アナウンサーがご自宅に伺っています。 長谷川さん夫婦の生の声をはじめて聞きました。 肺結核患者の残飯を食べながら、激しい地域住民の迫害に会う中で、 その働きが行き詰ってしまいました。泣きながら祈ったのが、 昭和14年のクリスマスイブの日。その祈りの後で、駐在所から電話が入ります。 なんと、天皇陛下から直々に金一封が下る。 長谷川さんの働きは間一髪救われます。劇的です。 そして、今日ホスピスを初め、日本の医療現場の最先端に立っています。 昭和天皇も素晴らしい。クリスマスには奇跡が起こる。私は信じます。 2006年12月27日


今日はお弁当休業日で、近くの「さでんかん」でお昼をとりました。 豊橋の「さでんかん」といえば、おかあさんの中村さんが 「いのちのランチ」を振舞ってくれます。 いつも満員で、時間を過ぎると食べれませんので、今日は予約を入れて 出かけました。お店の名物でもある七穀ご飯に、今日は特別 冬の味覚である牡蠣(かき)が入っていました。かぼちゃと小豆の煮物、 そして、柚子味噌の風呂吹き大根。そうです!今日は冬至でした。 旬のものを、びしっとメニューに入れてくれるのは嬉しいですね。 中村さんとは食材の話で盛り上がります。ご飯はおかわり無料で、 今日も山盛り2杯いただいてしまいました。一緒に出かけたスタッフも、 食べ終わった後は、「体がスーッとする。体に良いもの食べた!」と 満足していました。ちなみに、店名の「さでん」は英語で魚の鰯(いわし)のこと。 もともと鰯料理店なのです。豊橋お越しの際、この「いのちのランチ」を味わって下さい。 ちなみに、¥800です。 2006年12月22日


学生時代にお世話になった埼玉県所沢市の教会を訪れました。 東所沢の駅に着くと、まずモスバーガーに入りました。 店内掲示板に「豊橋」!このお店のトマトは、豊橋産でした。 やはり、豊橋の野菜は全国区だなと嬉しく思いました。 教会では、癌と闘っているご婦人の方がいました。 私の周辺だけなのでしょうか。癌になる人をよく聞くこのごろです。 そのたびに心が痛みます。 今は、玄米を柱とした、食事療法をされているそうです。 やはり、基本は食事なのだと改めて思わされました。 帰りがけの夜7時には、お隣の東村山にいる友人を尋ねました。 ふたりで駅前のカレー屋さんに。 人柄の良いご夫婦がもてなしてくれる、こじんまりとしたお店。 じっくりと煮込んだ野菜カレーに癒されました。 そして、東京発10時ちょうどの700系新幹線。 シンデレラ気分で豊橋に向かいました。 2006年12月9日


お昼休みは、ぶらぶらと豊橋公園まで小遠足に出かけます。 園内にある美術館の前には噴水があり、周りは大きな木々で囲まれています。 豊橋の中でも、文化的な香りの漂うお勧めスポットです。 今日、その木々も綺麗に色づいて参りました。 赤に黄に染まる葉に、低い陽光が差し込むと一段と輝きます。 うっとりしながら、ベンチでひとり弁当を食べていると、・・・。 鳩がツカツカと前を通り過ぎて行きます。 「何かくれないかな」という感じで、こちらを気に掛けながら、 かといって、気にしていませんよという態度も見せながら。 それとなく、こちらの様子を伺っている様子です。 「ちょうだい!」と子供のように飛び込んでは来ない。 その姿が、非常に遠慮深いと言うか、奥ゆかしいと言うのか。 もどかしさよりも、なんだか好感を持ちました。 有史以来オリーブの葉をくわえ、鳩が愛される理由は、この性格ゆえかなと思いました。 人も同じなのかもしれません。けど、気疲れしてしまっては大変です。 2006年11月25日


「お父さん会」という集まりで、子供とすごす時間について話題になりました。 子供が一日にテレビを見る時間は、平均4時間。 一方で、父親は何時間ほど子供と交流しているのでしょうか。何分、もしかしたら何秒の世界かも・・・。 今の現状では、父親というよりもTVに育てられているかもしれません。 文芸春秋の最新号で齋藤孝さんがコメントしていました。 「日本のサラリーマン全員が、そんなに遅くまで働くほど、 大変な仕事をしてるのかな。無駄な会議は多いし、時間を浪費 しすぎだと思いますね。」耳に痛いですが、真実を多分に含んでいます。 3人の子供の父親である働き盛りの仲間が、ぽつっと発言しました。 「冷静に考えてみれば、子供と一緒に過ごせる時は、人生でもわずかだよな。 僕も高専だったから、15歳で親元を離れてしまったし・・・」 私も指折りながら、計算してみました。んん〜実に短い。 「お父さん、あそぼ!」と言ってくれるうちは花です。チャンスです。 そう、黄金の時間、ゴールデンタイムです。この時を逃してはならないと思う今日この頃です。 じっくり考え直してみて下さい。子供はTVよりもお父さんの方が大好きです。 組織の中にいても、できることは必ずあるはずです。 2006年11月22日


小学校5年の娘の社会見学が今週ありました。 私の時代は、豊田市にあるトヨタ自動車の工場。 やはり、今日もトヨタ自動車は、同じなのですが、今ではお隣の田原市の工場。 それに加えて、花王の豊橋工場。 2つを渡り歩くコースのようでした。 プリウスというハイブリッド車のプラモデルと 泡の出るハンドソープをお土産にもらってきました。 トヨタはなじみがあるのですが、花王の方は 港の方に工場があるという認識のみで、あまり豊橋と結びつきませんでした。 しかし、このような機会があると、ぐっと近くなります。 改めて、洗面所周りを見ると花王の商品ばかりでした。 物凄い商品開発力だなと改めて思いました。 こんな時代に、新商品を次々に市場にだしてくる。 しかし、油に関しては、竹本さんの胡麻油の方が魅力的です。 2006年11月18日


公立の中学である豊橋中部中学校の出身です。 かれこれ、卒業して20年以上経過しています。 私の世代こそ、校内暴力あり、いじめありと 当時の中学校の雰囲気は重苦しいものでした。 久しぶりに中学校時代の文集「雄飛」を本棚から取り出して、 子供といっしょに見ていました。 当時の自分が、いじめ問題でいかに悩んでいたか、考えていたか。 手に取るようによくわかります。 私の立場は、傍観者です。いじめが傍で行なわれていながらも、 何もできないもどかしさや自分の弱さが一生懸命綴られていました。 今思えば、これも良い経験でした。 受験勉強以上に大切な勉強だったと思います。 受験勉強には、集中できなかったかもしれませんが、それで良かったと思っています。 都会では、いじめのある公立の中学校を避ける傾向があるようですが、 それって一面では考えものではないでしょうか。 異質な集団が集まる中で、悩んだり、考えたりすることこそ、 将来社会では役に立つと思うのです。 生きる力、考える力を持っているはずの子供を、敢えて温室の中に入れてしまい、 もっと厳しい現実のある世の中で、たくましく生きて行けるのでしょうか。 2006年11月10日


豊橋は、柿の産地としても有名です。 故郷再発見で、この柿をお世話になっている方々に、 産地直送で送りたくなりました。 しかし、生産者を知りません。 そこで、ホームページで検索。 キーワードは「石巻、次郎柿」です。 すると、「今川農園」さんがヒット! メールをして、車を20分走らせて、早速農園に伺って来ました。 どんな人が作っているのかなと非常に興味深々。 日焼けをした素朴なおじさんが、柿についていろいろ教えてくれました。 作っている人の顔が見えると、いただく方の思い入れも違って来ますね。 その柿の中に、今川さんの魂が込められているように思いました。 猫のような耳をもった柿。非常に珍しいと言われいてる「五角形の柿」も お土産にいただきました。 きっと、送り先の方も喜んで下さるだろうと確信しました。 2006年11月7日


仲間たちと親子運動会を楽しみました。 その後は、川べりにある教会の広場で夕食会。 それが、本当にご馳走でした。 ご年配のおじさんが釣ってきた鮎を、まるごと揚げて、その場で食べる。 骨も苦にならずそのまま頭から噛りつけます。 バーベキューはもちろん、焼き鳥もあり、焼きイカ、焼き芋、ホイル焼きの鮭も楽しめます。 好評だったのが、アスパラのベーコン巻き。 さらにさらに、お母さんたちが、午前中から大きなお鍋でじっくり煮込んだ、 おでんとミネストローネ。やはり、いい味がでていました。 おにぎり、サラダとお茶ジュースは飲み放題。 そして私は、みたらし団子職人に。これ、デザートでしょうか。 焦げがややつく位での焼き加減も、すぐにマスターしました。 日が沈むと冷え込んで来たのですが、 自然とコンロのまわりにみんなが集まってきます。 運動会というより、メインディッシュはこの夕食会。 これだけのお料理ですと、どんな人も心を開き、会話もはずみます。 仲間が一つになるこの光景に、お料理力を感じた一日でした。 2006年11月4日


夜明け前に、突然亡くなった友人の夢を見ました。 はっと目が覚めたのですが、なんだか重苦しい気持ちになりました。 もう眠りにも入れず、思い切って外にでました。 そこは別世界!澄み切った夜空に、満天の星がキラキラと輝き渡っていました。 はっきりと、くっきりと、北の空には縦型のひしゃく。くるりと振り返れば、オリオン座。 目を凝らすと、さらに星の数が増えてきます。 我が家でも、こんな星空を仰げるのだとやや驚きでした。 この数日は本当に良い日が続いています。 昼の空も青く澄んで美しいのですが、夜の空はまた一段と魅力がありました。 シーンと寝静まっている住宅街の中で、ひとりぼお〜っと星を眺める。 心までも澄み渡り、安らかになりました。 浴びる朝日に心が癒された経験がありますが、浴びる星空にもパワーがありますね。 珍しく缶コーヒーが飲みたくなりました。 2006年10月27日


今日のお昼は、豊橋の駅前が活気づいていました。 商店街を歩行者天国にして 「ええじゃないかダンスコンテスト」。 あっと驚くような仮装した数多のグループが、 オリジナルの振付で「ええじゃないか」と歌い踊っていました。 今日は予選。決勝の明日は、豊橋市出身のマツケンこと松平健さんもやって来て サンバならぬ「ええじゃないか」パフォーマンスも披露されるようです。 この「ええじゃないか」とは、幕末に起こった民衆運動で、 ココ豊橋が発祥地とされているようです。 どのような運動か諸説があるようですが、先行き不透明な時代に、民衆が自ら立ち上げって、 行動したことに価値がありそうです。やはり、自発的に、何か共通の目標に向かって、 力を合わせ、汗を流している姿は美しい。 このスピリットが、豊橋スピリットであってほしいです。 2006年10月21日


今日はやや寝不足です。耳元に迫ってくる高低差ある「ブーン」という音響。 手と腕が何箇所か膨れ上がっています。かゆ〜い!!灯りをつけて、捜索開始。 どこだ!どこだ!どこなんだ!静かにじっと部屋全体をくまなく見回します。 家具に隠れこんだのか。隣の部屋に行ってしまったのか。 そこで、灯りを消して横になります。すると、また、あの不快な音が・・・ 今度はすばやく、灯りをつけます。そして、しばし布団の上ですわり込みます。 なかなか見つかりません。また、横になります。 こんなことが昨晩は4、5回ありました。少ないチャンスが訪れます。 見えた!しかし、この時期のものは、夏物とちがって素早い。 簡単に手で退治できないのです。経験も重ねているのか、学習化されたのか、 頭脳的な動きをしているように感じました。 最後は、暗闇の中、横になったまま、耳元でさっと手を握り締めました。 ナイスキャッチ!手を開くと、かなり赤く染まっていました。 やっと、安眠モードに入れたのが、今度は窓の向こうから聞こえる「ブーン」。 ご苦労様、新聞配達のオートバイでした。 2006年10月17日


体育の日は日本晴れとなり、家族でおでかけ。 めざすは、静岡県磐田市のトンボで有名な桶ヶ谷(おけがや)沼。 磐田というと、サッカーですが、トンボでも有名らしいのです。 トンボは秋をイメージして出かけたのですが、 トンボは夏が最盛期のようであまりお目にかかれませんでした。 しかし、沼を中心に里山があるのですが、秋の野山を満喫できました。 ビジターセンターが沼の入口にあり、博物館のように、いろんなトンボが展示してありました。 やや季節外れでもあったのを幸いに、職員のおじさんが、 ほぼマンツーマンでいろんな話を聞かせてくれました。 子供たちには、竹とんぼをイメージしたストロートンボを 一緒に作ってくれました。休みの日は、自然と人との交流を楽しみたいですね。 2006年10月12日


お昼休みにブラブラ歩いていますと、 金木犀(きんもくせい)の香りが漂ってきます。 どこに木があるのかなと、ぐるりと探します。 あっ、ココからか!と独り頷きます。 そして、たどり着くのは、昼下がりの静かな公園。 木陰のベンチに腰をおろして、青空を仰ぎながら、本を開きます。 陽射しもやわらかで、妨害する虫も少ない。もちろん、風も心地よい。 この青空読書に集中できるのが、この時期なのです。 「読書の秋」というのは、秋の夜長の読書というよりも、 昼間の青空読書をさしているのかもしれません。 その本は、梯久美子さんの「散るぞ悲しき」。 硫黄島の戦いを指揮した軍人の家族愛を描いた実話です。 ポロポロと涙を流しながら、ほんのつかの間の時間を本と過ごす。 読書の秋をしばらく楽しめそうです。 2006年10月3日


北海道の義父から宅急便でジャガイモが送られてきました。 ご近所にお裾分けもして、早速茹でてみました。 ホクホクのお芋を皮ごと、塩だけでいただきました。 おいしかった。これだけで、十分な一品料理です。 そう考えると、料理ってすごく簡単な感じがしました。 要は、良い食材を選ぶだけ。 それをへんに加工するより、できるだけ天然に近い状態でいただく。 ほとんど、手を加える手間はありません。 お料理上手は、食材選び上手なのでしょう。 その目を養って行きたいです。 2006年9月30日


小泉首相の魅力は「自分で考え、自分で語り、自分で行動する」 その点にあったと思います。 歴代の首相は、さまざまなしがらみの中で、あるいは、 陰の力のようなものがあり、自分を消されてしまった。 これは、政治の世界だけではなく、インターネットショップでも言えるかもしれません。 自分がない。のっぺらぼうで、どれも同じ顔をしている。特色がない、個性がない、持ち味がない。 ただ、大きなものや強いと言われるものに流され、なびいている。 そして、責任を持とうとしない。非常に安易です。 その昔、福沢諭吉が「独立自尊」という言葉を提唱しました。 今の日本に求められているのは、「私は私、あなたはあなた」他者も尊重しつつ、 自分自身をしっかり持って生きて行くことではないでしょうか。 小泉さんは、良きにつけ、悪しきにつけ、そのお手本を示してくれたように思います。 小泉さんお疲れ様でした。 2006年9月26日


メーカーの気持ちが、販売店にも伝わってきます。 それは、商品に対する愛情です。 作っている人と営業している人が同じであるか、あるいは近いほど その愛情は強くなるように思います。 メイドインジャパンはその点でも優れています。 個人的には、愛されている商品のみをご提供して参りたいですね。 そして、愛する娘を嫁がせるような気持ちで、お客様のもとにお届けしたい。 これは、メーカーの方も同じではないでしょうか。 その愛情は、目に見えません。しかし、販売価格で見ることもできます。 販売価格が乱れないことは、インターネット上では稀です。 しかし、乱れない商品があるとしたら、是非知って下さい。 その商品は、こよなく、こよなく愛されている商品です。 メーカーの愛情は、販売価格にも反映されているようにも思うのです。 愛する娘のような、可愛い可愛い存在なのですから。 2006年9月15日


団子三兄弟という歌が流行った時に、 「春になったら花見、秋になったら月見・・・」 花見は身近だけど、月見は遠い世界のことのように思いました。 昨日は、夕方頃から晴れ上がり、月が綺麗でした。 しばし、足を止め、見入ってしまいました。 この時節の月は、とりわけ美しい。 この年になって、やっと月の美しさに目覚めました。 月見もイイなあ〜と感じているこの頃です。 日本家屋の縁側で、和服のいでたち。 虫の音とともに、飾ったすすきが夜風になびいている。 月見団子をほおばりながら、月をめでる。 そして、一句・・・。こんな幽玄な世界を体験してみたいですね。 花見より、月見の方が、心豊かになれるかもしれません。 TVを観ているより現代人よりも、月を観ていた人たちの方がよほど豊かだった事でしょう。 中秋の名月は10月6日金曜日。今年は月見をしてみたいです。 2006年9月8日


挨拶は大切だけれども。 こちらから先手必勝で挨拶をしても、 返事がかえって来ないことが、しばしばあります。 自分の声が小さかったのかな。 あるいは、自分のことを快く思っていないのかな。 相手も人間・・・声もかけたくない状態だったのかもしれない。 などなど、いろんな思いがよぎります。 挨拶で空振りするのは、寂しいものですね。 けど、寂しさは自尊心ゆえかもしれません。 空振りでもいいのです。ある意味で、開き直りましょう! 私からの贈物に、どう答えようが相手の自由です。 もちろん、喜んでくくればラッキーですが。 返事をするのが当たり前だとは考えないことです。 「迷ったら先手必勝」「挨拶は私からの贈物」「空振りでも結構」 「返事をもらったら感謝感激」 そこに挨拶の極意があるように思いました。 突詰めると、自分の心がいつもオープンであれば良いのです。 2006年9月5日


「東京の人はよく歩くよね。」 友人のなにげない発言に頷きました。 ココ豊橋でも、車が必需品のような生活が形成されています。 車=歩かないの図式です。 この歩かない現実は、体調不良を招いているとも感じます。 東京は、公共交通機関が整備されていて、しかも低料金で利用できます。 バスと電車で、ほぼどこへでも行けます。 しかし、地方は違います。 このビルの地下には豊橋市のバスターミナルがありますが、今月をもって廃止。 利用する人がめっきり減りました。すると、料金も高くなり悪循環に陥っています。 街作りとは、電車やバスの利便性を高めることだとも思います。 豊橋には路面電車もあります。工夫次第で何かができる。 「豊橋の人はよく歩くよね。」そんな街が理想です。 2006年9月1日


「手」という言葉に魅かれます。 これからの時代のキーワードになるかもしれません。 「手紙」「手縫い」「手織り」「手書き」「手作り」・・・ この「手」が入ると、その言葉は一瞬にして温かいものとなりますね。 「手当」という言葉がありますが、手を当てると病気が癒される。 そこに、愛情が込められているからだと思います。 そして、世界でたった一つのものが創造される。 お料理研究家の辰巳芳子さんが 「手しおにかけた私の料理」と表現していますが、この「手」は 貫禄を感じさせますね。 人々は、この「手」に飢えているのかもしれません。 どうしてか。やはり「手抜き」が氾濫しているのでしょうか。 この「手」から幸せがはじまる。じっ〜と「手」を眺めてみました。 2006年8月29日


「クックからヒートの時代へ」ある本で見かけた言葉です。 家庭では、もはやお料理は作らず、温めるだけ。 「料理する事を労働だと思ってしまうことが怖い」という コメントが出ていました。 スーパーは惣菜の展示場に、商品メーカーはチルドの開発に。 これは、料理道具店への挑戦にも感じます。 生き方の問題にも関わりますが、ただ時代にあわせていくだけでは 考え方が浅いと思います。もっと、先を見通すことが必要です。 ヒートの行き着くところがハッピーであれば問題はないでしょう。 しかし、アンハッピーになった時に、あるいは 「これでよいのか?」と食べているのかもしれません。 クックが見直される。そんな時に、いかに適切なサポートできるか。 「お料理する事はジョイなんだ。ハッピーなんだ。」 それに気づいてもらうことが、フライパン倶楽部の仕事のようにも思います。 2006年8月18日


今年は、桃のあたり年のようです。 山梨のおみやげにいただいた桃からはじまり、 スーパーでもおいしそうな桃に目が良くとまり、 やや高額ですが買ってしまいます。 よく水洗いして皮をつけたまま食べるように教えてもらいました。 実と皮の間に甘みがつまって、皮も苦になりませんね。 冷やした桃を切ってあげると、子供たちは ぺろりと瞬間的に食べてしまいます。 先日カブト虫のえさがなくなってしまった時に、 子供が「カブト、桃が好きだよ。」の言葉に動揺。 なんだか惜しい気がしたものの、桃を入れるとすぐに カブト虫もおいしそうに食らいついていました。 やっぱり、カブトも桃好きだったようです。 2006年8月11日


先月は展示会に出かけました。 お料理道具という地味な業界ですが、新しい商品は結構沢山でてきますね。 ルクルーゼ、バーミックス、シラルガン、オクソ・・・・この秋冬お楽しみに。 しかし、私の中では問題意識があります。 どんどんと新しい商品を提供していくよりも、 お料理を楽しむ人たちの裾野を広げることが先決だと考えます。 その仕事ができているだろうか。単に商品を販売することで終わっていないか。 フライパン倶楽部の方向性として、道具を通じてお料理の魅力に目覚めていただくことです。 買っていただいた道具が、お蔵入りしてしまうことを一番危惧いたします。 「お料理を楽しんでもらう」そのような仕事ができているだろうかと 反省するこのごろです。 2006年8月7日


「チャレンジショップ」商店街の空き店舗を活用して 地元大学生が八百屋さんを開店しています。 ココ豊橋は農業が盛んなところで、地元のすいか、メロン等を販売しています。 今年のお中元は、このチャレンジショップにお願いしました。 大手メーカーの洗剤、ハム、ビールなど 個人的には物寂しい。もちろん、相手にも喜ばれなければなりませんが、 地域ならではのものをお届けできるのは素敵なことではないでしょうか。 豊橋の活性化は、地域の産物を知り、地域の人がそれに誇りをもち、 それを全国いや海外の方にも、広く紹介していくことだとも感じます。 豊橋のスイカ、メロンおいしいですよ!! 2006年8月2日


今日は、家をでると青空に心が惹かれました。 日差しも強かったですが、夏の空を感じました。 学生時代の記憶が蘇りました。 場所は、東横線沿いの多摩川べり。 車窓から眺める多摩川の風景に感じて、途中下車。 これは、学生時代の特権でしょうか。 多摩川の土手で、その空をぼお〜っと眺める午後のひととき。 一日中飽きないなと思いました。 川べりの心地よい風。ゴトゴトと走る電車、ゆっくりと流れる雲。 犬と散歩している人、嬉々と遊んでいる子供たち。 なんだか、時間もゆったりと流れている。 そんな多摩川べりに行って見たくなりました。 今も変わっていないよな。 2006年7月14日
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