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アラジンブルーフレームの歩み


1930年代の始め(昭和初期)米国アラジン社と英国の企業家ジャック・インバー氏との間に 合弁会社英国アラジン社が設立されました。 当時の米国アラジン社は青災式バーナーを使った優秀な石油ランプを製造しており、 米国は勿論、広くヨーロッパ各国に輸出していました。 英国アラジン社構想は、このランプを英国で製造し、 ヨーロッパのみでなく、全ユーラシア大陸に販売するというものでしたが、 この構想が軌道にのると同時に、英国アラジン社のジャック・インバー社長は、 もしこのすばらしい性能の青災バーナーを暖房器具に使えば 画期的な石油ストーブができるのではないかと考えるようになり、 さっそくその商品開発のためのインバー・リサーチ社を設立し、 ブルーフレーム石油ストーブの研究開発に着手しました。

長期の研究、開発のすえ完成したのが現在のアラジンブルーフレームの原型となった「I.R.」です。 「I.R.」とはINBER RESEARCH社の頭文字です。 このI.R.ブランドのブルーフレームも日本に相当輸入されています。 この石油ストーブに絶対の自信をもったジャック・インバー社長は、 インバーリサーチ社を英国アラジン社に合併させ アラジンランプの広い販路にのせて世界的な拡販をはかるため、 著名ブランドの“アラジン“をこの商品につけ、アラジンブルーフレームとしました。

英国アラジン社の創立が米英両国企業の合弁会社であったように、 アラジン社の基本的な姿勢は、販路の確立した国や地域で、 現地の優秀メーカーと手を組み、協力して会社を起こし、 現地生産をして船賃などの余計な経費を省いた価格で販売することにあるのです。 そのあらわれが、フランスアラジン社、オーストラリアアラジン社、 メキシコアラジン社、イランアラジン社そして日本エーアイシー株式会社 (旧、日本アラジン社)であるわけです。

  • アラジン ブルーフレーム ヒーター(B・F・H)は第U次世界大戦に英国に滞在した人達が日本にもちかえり、 ほんの一部の人の間で愛用されました。
  • 昭和32年にベンツやフォルクスワーゲンの輸入販売で著名な潟сiセがいち早く輸入を始め、 その品質性能の良さを知っている人々の口伝えで、上流家庭で愛用されはじめました。
  • この頃はI.R.ブランドやシリーズ15で、今でもこのタイプを使っているユーザーを多く見受けます。
  • 昭和35年頃から国産のストーブが数多く生産され始め、翌36年、暮しの手帖社が市場にある全石油ストーブをテストした結果アラジンB・F・Hが品質性能共に第一位の評価を受け、一躍脚光をあびました。
  • 暮しの手帖社の愛読者層と、アラジンB・F・Hの購買層が一致していた事もあって、急速に普及しはじめました。
  • 一般の商品は、余る程市場に出ると、必ず流通過程で混乱が起きたり、商品をよく知らない人が乱暴に使って事故を起こしたりして商品そのものの寿命を縮めてしまいますが、アラジンB・F・Hの販売方法は無理な拡販体勢をとらず、限定した市場にだけ出して名声を維持してきました。
  • 昭和38年〜42年頃、国産の石油ストーブが急速に普及し、 同時に使用ミスによる火災事故が増加に、その結果各メーカーは、 転倒しても火災のおこらない様々な構造を研究開発しました。 そして安全二重タンク構造が開発され、アラジンもこれを採用し、 昭和42年度からシリーズ16として販売をはじめました。
  • 昭和44年には外枠とチムニークリップの形状を新二重タンクに合わせて変更したシリーズ16新型を販売しました。
  • シリーズ16から、芯についている位置決めのボタンホックが爪形に変り、又、 二重タンク構造の為、芯調節ハンドルの形状・方式が変更となりました。
  • この頃から、日本では石油ストーブ唯一の弱点であった地震に対する自動消火問題がやかましくなり、各社共その開発に取り組みました。
  • 昭和46年にはシリーズ25として、英国で開発した対転倒自動消火装置を装着しましたが、これは振動で消える装置ではなく、転倒のみの作動で、昭和47年のJISは改訂により新たに震動時の消火が義務付けられました。
  • 昭和47年アラジン社としては英国側で開発出来る最終的な対震自動消火装置を装着したシリーズ32を発売しました。これは地震動によって蓋が上から落ち込む方式でありましたが、地震のない英国で得られるデーターは少なく、実験する設備も日本より少ないため、日本メーカーが開発した消火装置のほうがやや優位で、その後のJIS規格の変更により、このシリーズは1年で打ち切り、設備のある日本側に、アラジンに合う対震自動消火装置の開発を依存することになりました。
  • 昭和48年、日英の技術協力の形でアラジン社と深いつながりを持っていた国産石油ストーブ専門メーカーの潟tジカが、それまでにアラジン社との間に技術提携・販売提携の契約を結んでいましたので、急速にこの計画が具体化し、アラジンブルーフレーム本体の中で直接燃焼に関係のない上面板・外枠・外筒の国産化と消火装置の開発生産を日本側が受けもつ事となりました。
  • この為に昭和48年日本アラジン社が潟сiセ、潟tジカ、英米アラジン社の合弁において設立されました。
  • 昭和48年、シリーズ37P・K・Dとして、英米製部品を日本で組み立てたアラジンブルーフレームが発売されました。
  • 一方地震に対するJIS規格が次々と改訂され、こまかい部品の改造を要求されるようになりました。
  • 昭和49年も48年と同じ方式でタンクや燃焼部は英国製、その他部品を国産し、 日本で組み立てを行いましたが、周知の通り49年の英国産業界は激しい労使攻勢やインフレの為、 停滞を続け、輸入の納期に多少の問題が生じました。 その上、昭和50年からのJIS企画による規制が更に厳しくなり、 従来の真鍮製ハンダ付けタンクでは、新しい規格に適さない様になりましたので、 18-8クローム・ステンレススチールを用いた電気溶接タンクに変更することにし、 その構造を日本側に依存することになりました。
  • 昭和50年から対震自動消火装置は、“作動状態にしないと、 ストーブに点火出来ない構造”というJIS規格に変更され、 “消火装置を取り付ける”考えから“消火装置を本体に組み込む”考え方となりました。
  • 一方、昭和48年からの実績により、 日本側技術に対する評価が高まり、英国側としても英国でなければ出来ない部品を除いては、 昭和50年から全て日本側にまかせることに決定しました。
  • この間、日本アラジン社を更に強化する為、 従来からアラジン魔法瓶の総発売元として米国アラジン社と深いつながりのあった 大日本インキ化学工業株式会社が、 日本アラジン社の経営に参加し60%の大株主となって 社名も変更し、 アラジンブルーフレームの国産化プロジェクトを強力に進める事となりました。
  • かくて、完全に新JIS規格に適合するアラジンブルーフレームが誕生し、 昭和50年のシーズンからシリーズJ380001、J380002、J380002Sとして発売されることになりました。
  • 昭和51年は芯の繰り出し装置等を装備したシリーズJ380003、J380004が発売されました。
  • 昭和53年より対震自動消火装置は、芯下げ方式のみとなり、 構造もスタイルもすっきりしたシリーズ39カスタムJ390001〈W〉、J390001〈G〉として 発売されるようになりました。
  • 昭和54年にはシリーズ39カスタムのすぐれた性能をベースに、 外筒の上下装置、タンクの引出装置などユニークなアイデアをもりこんだ ファン付きポータブルストーブ“ファンブルー”J351001〈W〉、J351001〈G〉が発売されました。
以上のような歩みを経て昭和50年から新たなアラジンブルーフレームが生まれたわけで、 基本的なデザインはI.R.時代、シリーズ15時代から一貫して変わらず、 一部の機構だけが厳しい日本のJIS規格に適合するように改造されてきたものであります。 たしかに他の石油ストーブに比べ、標準小売価格が高い商品ですが、 本当の価値とすぐれた性能をお求めの場合は、決して高いものではありません。 良くて安いのが商品として理想ですが、これ程品質・性能・機構を吟味し、 手をかけるとコストも高くつきます。 もし今、英国で同じ物を完全生産した場合、2倍近くの小売価格になると推定されています。 問題は商品の価値であり、そのブランドに対する信頼であり、 アラジングループはブランドに傷をつけない最高の性能と品質を皆様にお届けする事を 常に心がけております。

日本エー・アイ・シー株式会社 「アラジンヒーター手引き」より

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