豊橋まつりの由来
本日から豊橋まつりの開催でしたが、コロナ禍の中で、今年は中止となりました。 そもそも豊橋まつりとは何か。 昭和21年に豊橋市が中心となり市民祭を開催。昭和26年には、豊橋商工会議所に協力を依頼。 商工協賛会を結成するものの商売色が濃くなってしまう。 全市民参加の盛大なものを目指して、伝統ある祇園祭に合流して開催するものの失敗に終わる。 そこで、豊橋商工会議所では「豊橋まつりの糸口を見つける会」を結成して、 総代会、婦人会、青年団、経済界、報道関係者を巻き込みます。 まつりとは何か。本質的な議論を深めます。 その時、戦後間もない占領下にあり、公の場で戦没者を追悼できませんでした。 そして、わが故郷は軍都であったため、多くの戦没者とその遺族がいました。 そこで、東三河招魂祭を開催して、その協賛行事として、再生市民祭である第一回の豊橋まつりを挙行します。 商人こそ、先人たちの生き様に思いを致して、感謝および恩返しを主導していくべきでしょう。 ただ、今日では、万人が追悼を自由にできること。 そして、原点に立ち返り、まつりの目的をみんなで考え直す時です。
2020/10/17





