曖昧さと信頼
退職された地元の政治家と新幹線で同席させていただきました。 所属していた政党を思い出して問いかけます。「護憲派ですか。」 「憲法は解釈論。曖昧が日本人の性癖に合っている。」 すると、条文と現実の違いを交通法規で説明されました。 「制限速度も10km程度は許容される。」 几帳面な国民性ゆえ、白黒をはっきりさせると、かえって問題をおこしてしまう。 その曖昧さが民族の知恵だと。果たしてそうなのか。 政治を退廃させている元凶こそ、この曖昧な言葉がまかり通ることにあるのかもしれません。 条文や約束のもとにある言葉とは、本来その通りになることが前提にあります。 それがなければ、その言葉を信じることができません。 少なくとも、日本語の誠とは、言に成るで構成されています。 私が思うに、この曖昧さは、言葉遣いの問題のようにも思います。 政治家であれば、文学者のような美しい言葉ではなく、実態を正確に表現できる言葉を使うべきでしょう。 憲法論議以前に、政治家を信じられないことが問題です。
2012/11/03





