仏式葬儀
不謹慎かもしれませんが、葬儀に違和感を覚えることがあります。 仏式葬儀では、お経が唱えられます。 果たして、その意味を理解できる人はどれだけいるのか。 僧侶は、その意味をもっと知らすべきではないか。 参列する方は、知る努力をすべきではないか。 形ばかりで、そこには、自分の意志が感じられません。 「南無阿弥陀仏」は、阿弥陀仏に帰依すると言う意味があります。 帰依するとは、主体的な行為であり、自らの意志が伴います。 しかし、お経も知ろうとせず、帰依する意志もなく、ただ周りに合わせているのみ。 それは、かえって、その対象に不謹慎ではないか。 仏式葬儀の賛否ではなく、自分のしていることは何であるのかを知り、 その行為に責任を持つべきだと思うのです。 葬儀という場はひとつに過ぎません。 他の場面でも、意味を知ろうともせず、単に周りに合わせることは危険が潜みます。 それは思考停止に及んで、赤信号みんなで渡れば怖くないに至ります。 同調することも必要ですが、まずは、自分をもつことです。
2011/10/15





