唯一の被爆国
戦争を知らない世代が、戦争を知ることができるのか。 写真で、映像で、記録集で、人伝えで知ることはできます。 しかし、その知るレベルは浅いでしょう。 悲しいかな。体験と知識は、格段に違います。 ゆえに、首相も被爆者にわが身を置きますが、 「核抑止力は必要」という言葉がでてしまう。 広島と長崎の被爆者が年々少なくなっています。 被爆者こそ、原爆を知っています。 しかし、人は他者の痛みを自分の痛みとできないものです。 それを原罪とも呼んで良いのでしょうか。 その時、人にできることは何であるのか。 少なくとも、謙虚に被爆者の声に耳を傾けることでしょう。 まず、知ろうと努める。誰もできることです。 ところが、無関心で通すこともでき、何も責められません。 原爆以上の魔物は、この無関心かもしれません。 世界で唯一の被爆国であることは、私たちの背負う十字架のようです。 わが国にしかできないことがあります。 わが国がしなければならないことがあります。 この日、鳴り響く鐘の音とともに、それが聞こえてくるようです。
2010/08/09





