女性あっての男性
牧師経験40年以上の初老の牧師夫妻を婦人の集まりでお招きしました。 ご婦人に囲まれつつ、私もお手伝いで、肩身狭くもその会に参加。 タイトルは喜ぶべきか「男性を理解する」 会社では真面目に働いているのに、家庭では居場所がない。 本来なら、安らぎの場に勇んで帰ってくるところを、 飲み屋で無為に時間を過ごす。なぜか。 悪いことには、自分の内面をうまく説明できない。 そして、プライドが強いのか「私は寂しい。」とも言えない。 意外にも、心を打ち明けれる友もいない。 子供は母親と結びつき、父親は、ますます孤独に。 深いところでは、女性と違う生理的な喪失感の問題。 年の功でしょうか、私なら気恥ずかしいことも、さらりと。 数多くの夫婦をご覧になっているので、問題の核心を外しません。 もともと男性は未熟なのです。 それを覆い、それを包み込み、本来の男性に変えてくれる存在が必要です。 女性あっての男性。最後の瞬間に「苦労かけたね。ありがとう。」 「ご苦労さま。ありがとう。」そんな二人でありたいです。
2010/01/21





