崋山のぐるり
田原文化会館でPTAの研修会がありました。 ホールの舞台幕には、渡辺崋山(かざん)の立志の光景が描かれていました。 それは、崋山十二の時。 東京日本橋で大名行列とぶつかり、その一行からひどく打ちのめされる。 その行列の主は、自分と同じ年頃の若殿。 身分の違いだけで、辱めを甘受しなければならないことに発奮。 これより崋山は、学問の道を志します。 改めてこの光景を思い巡らした時に、称賛すべきは崋山だけではなく、 周りにいた人たちだと気が付きました。 不条理な出来事があった時に、人間は腹を立てて自暴自棄になりがちです。 しかし、それに堪えて、崋山は前を向くことができた。 それは、教育環境に恵まれていたゆえでしょう。 やがて、崋山は、二十六の若さで学問振興を内容とする 藩政改革を上申。しかし、却下される。 「見よや春 大地も亨(とお)す 地虫さへ」 この時も、今日は地虫のように卑小な存在でも、明日を待ち望むことができました。 その周りには、崋山の鑑たる名もなき人たちがいたのでしょう。
2013/03/09





