牧師の寄り添い
外国人の知り合いが、警察に嫌疑をかけられ勾留されました。 言葉が通じない不安。法律のことを知らない不安。 それはそれは暗闇のような日々だったそうです。 もしかしたら死刑にと、最悪のことまで考えてしまったのだそうです。 その時、いち早く接見に駆けつけたのが、教会の牧師。 聖書を差し入れ、彼のために祝福を祈ります。 そこから、事態が急変。 誘導性のあった警察の尋問に疑惑が渦巻いていました。 祈りにより、真実は勝つという確信が与えられます。 一転して、検察官の前では、ありのままを語ることができたそうです。 結果、晴れて無実。感謝と喜びに溢れていました。 釈放される前日、牧師から接見に行かないかと誘われていました。 私には、その発想すらありませんでした。 その夜、原因不明の腹痛が私を襲い、トイレにこもります。 牧師は、その人が一番苦しい時に、その人の痛みを自分の痛みとしている。 かたや、私は自分の腹の痛みに苦しんでいる。 自分の想像力の乏しさ、いや愛の貧しさを感じた時でした。
2010/05/17





