自分を語る自由
二川の本陣資料館に宿泊した旅行者に、街の人たちが 自分の街を紹介しながら散策していました。 その名も二川案内人(あないびと)駒屋ふれあい組。 自分の街を語れることは、今の時代が必要としているものでしょう。 大先輩である新渡戸稲造は、「武士道」を通じて英語で日本の精神や文化を紹介しました。 同じく内村鑑三は、「代表的日本人」等を英語で著しています。 当時彼らは、キリスト教を受容しつつも欧米文化とは峻別して、それを批判的に見ていました。 しかも、日本の精神や文化を評価していたのです。 聖書にslave(奴隷)という言葉が出て来ますが、辞書では、 they cannot make their own decisionと説明がありました。 かたや、自由とは、自分で決めることができることなのでしょう。 新渡戸や内村は、その点で欧米の宣教師に従属していたのではなく、 日本人としての自分を持ち、自分で決定できた自由人であったと思うのです。 それは、自分のことを語れたことが裏付けています。 果たして、この時代の人はいかに。
2013/10/19





