豊橋市水道五十年史
当地の水源である宇連(うれ)ダムの水量が深刻な事態となっています。 豪雨が降っている地域があるのに、なぜだろう。 私なりに考えたことは、「水道はどのようにして出来たのか?」 市役所の情報広場で「豊橋市水道五十年史」を開くと、それを編纂したのは 中学校時代の校長である亡き兵東(ひょうどう)政夫先生でした。 改めて先生の偉大さを思いました。 今日の水道の背後には、先人たちの並々ならぬ労苦のあったことが精緻に綴られていました。 その日、このダムから流れる豊川用水を構想されて尽力された 近藤寿市郎(じゅいちろう)さんの銅像がある赤岩(あかいわ)山を訪れました。 すると、銅像の前は伐採された木が放置されたままで、荒れ果てていました。 その時、この地に雨が降らない理由が何だか分かったようでした。 かたや、校長先生のため息と叱責が聞こえてくるようです。 「おまえたちは、いつになったら大人になるんだ!」 そして、水の背後にあったものに思いを致したその日。 雨は降りはじめたのです。
2013/09/09





