赦されている福音
小林投手と江川投手との確執。そして、数年前の和解。 小林さんの急逝の報に、時を逸することなかれと思いました。 人と人との間には、行き違い擦れ違いがつきものです。 その時、同じ人を見つけては、擦り寄り、自分を正当化させます。 しだいに、グループが形成され、ますますお互いに近寄りがたくなります。 こうなると理屈ではなく、感情の領域に入ります。 何を語っても、平行線です。埒があきません。 毎週教会の礼拝で唱える「主の祈り」では 「私たちに負い目のある人たちを赦しました。」と宣言します。 赦すとは、わだかまりを捨てることでしょう。 そして、相手のために祈る。それが、愛することです。 そこに、平安が待っています。 人は愛されるために生まれたと言われます。 より正確には、人は愛するために生まれたのです。 これには、秘訣があります。救い主の十字架です。 そこには、こんな自分を赦して下さった事実があります。 赦されている者のみが、赦すことができる。 この良き知らせをご存知ですか。それが福音です。
2010/01/18





