食べる背後には
花火大会があちらこちらで開かれています。 わが故郷では、近くの豊川から打ち上げられます。 そこは、私の散歩コースになっていますが、 当日の約一か月前から、川沿いに桟敷席を設置しています。 折も折で、灼熱の太陽を浴びて、汗をかきかき職人さんたちが工事をしていました。 そして、花火はものの数時間で終わり。 今度は、撤去作業が、これも猛暑の中で、数日間続いていました。 大勢の人が花火を楽しみますが、これらは準備や後片付けという労苦の賜物でもあります。 これは、お料理でも同じでしょう。 食材を育てる人、加工する人、運ぶ人、売る人、調理する人、片付ける人・・・ その周辺では、電気やガスに水道を供給する人、下水やゴミを処理する人・・・ あまりにも多くの労苦があって、食べることができます。 その感謝を忘れてはなりません。 なぜなら、そこには、愛されている事実があるからです。 「君は愛されるため生まれた」という讃美歌があります。 少なくとも日に三度は、食べることを通じてこの事実が分かります。
2010/07/27





