どうしたら、味が染み込むのか。 煮物では、煮汁などの味を具に染み込ませることが一つの目標です。 そこで、多くの人は、弱火でコトコトと長時間煮込むことを想像しがちです。 あるいは、圧力鍋で調理すると良いのではと考える人もいるでしょう。 これらは、温めることで味が染み込むと考えていると思われます。 温めることは、鰹節や昆布で出汁をとっている時のように、具から味が引き出されているのです。 これは、逆方向となります。今回は、具に味が入り込むのが目標です。
この場合は、温めるだけではなく、冷めることがポイントとなります。 結論としては、ゆっくりと冷める時に、味は染み込んで行くのです。 よく言われるのは、「一晩寝かせたカレーは美味しくなる」 この寝かせることにも通じるでしょう。 また、 シャトルシェフや「はかせ鍋」と言われる保温調理鍋を使用すると、 おでんなどは実に味が良く染み込みます。
当社のスタッフも、シャトルシェフでのおでんは太鼓判をおします。 これらのお鍋も、このことを裏づけてくれます。 はかせ鍋は、ステンレス鍋に円筒形のスカートをはかせるようにして 鍋からの放熱を防いで保温力を高めています。外鍋と内鍋のあるシャトルシェフと同様に、魔法瓶のような二重構造になっています。 家庭用では、これらのお鍋を見直して下さい。
はかせ鍋は、ゆっくり冷めるので具に味が染み込みます。
この「はかせ鍋」を開発した小林寛(ひろし)さんの著書を読んで腑に落ちました。 味の染み込みに関して、その理屈が明記されていたのです。 保温調理鍋のしくみを整理します。
煮汁と具が鍋に入っています。これをコンロにあげて熱を入れます。 沸騰したら、コンロからおろして保温します。 普通の鍋と比べると、保温力があるので、ゆっくりと冷めて行きます。 その冷めて行く過程で、まず周囲の煮汁から温度が下がって行きます。 そのため、具と煮汁に温度差が生じて、温度の高い具から煮汁に向けて水分が出て行きます。 さらに、その穴をうめるかのように、煮汁に含まれる塩などの味成分が、具の中に浸透して行くのです。 これが味の染み込みです。
ところが、保温効果のない普通のお鍋であれば、冷めるのが早くなる。 その結果、煮汁の味成分が具に入って行く時間が不足してしまい、味が染み込みにくくなります。 染み込みには、ある程度の温度と時間が必要なのです。 小林さんが実験で出した結論は、「鍋の中の温度が1℃下がるのに3〜4分かかる速さ」で 冷めることが理想だと言われています。
はかせ鍋は、それを実現できるように設計されています。 一般的なお鍋では、95度から1時間後には60度になるとすると、1℃下がるのに1分40秒程度の速さです。 調味料や出汁は、ゆっくりと冷めることにより具に染み込んで行くのです。
これは、プロの料理人たちも経験的に知っています。 コンソメスープでは、スープの表面がわずかにそよぐ程度の火加減を保ち、決して沸騰させません。 シチューでは、とろみを付けるために、あくまで低温で温め続けますが、 一旦寝かせたものを再加熱して提供します。 これらも、ゆっくりと冷めていく過程で、具に味が染み込んで行くことを裏付けています。
上記の保温調理鍋等を使用しなくても、作る量が多いことと、厚手の鍋を使用することで、 ゆっくりと冷めることが実現できているのです。 その意味では、少量よりも沢山作った方が美味しくなる。 また、保温性の良い厚手の鍋が美味しくなる。 ストウブやルクルーゼなどの重い鍋の価値も分かって来ます。
なお、その時は、余熱などを考慮に入れて調理すべきでしょう。 そして、圧力鍋で高温にすることを考えます。 これは、味を染み込ませることではありません。 かえって100度を越えてしまえば、食材そのものや旨味や栄養価などを破壊してしまうことになりかねないでしょう。 基本的に、玄米や豆類などを除けば、食材の適温は70〜90度なのです。 そのため、圧力鍋では低圧で調整したり、圧力をかける時間を少なくして、 その後の余熱を上手に生かせれば、美味しさに至るでしょう。
この余熱を利用することは、ピース圧力鍋のような保温性の良い鍋であれば、 上記のゆっくり冷ますことも通じます。この余熱を生かすことが圧力鍋の妙味です。
それでも、味を染み込ませるためには、基本的には、シャトルシェフや「はかせ鍋」などの保温調理鍋が有効です。 そして、ストウブなどの厚手の鍋を使用して、 しかも沢山の量を作れる大きい鍋を使うと、さらに良いでしょう。 余熱を生かして、ゆっくりと冷ますことができるからです。
ならば、作る量の多いことが美味しさに至ります。 すなわち家族は、大勢の方が良い。やはり、みんなで食べると美味しくなります。 その点では、この時代とは逆行しますので、私たちの生き方や価値観も見直す必要があるでしょう。 便利なものに依存して良しとすべきでしょうか。
本当に大切にしたいものとは何なのでしょうか。 少子化のみならず、結婚という価値が軽視されること。 ますますワンルームの生活者が増えること。 同じように一人暮らしのお年寄りが増えること。 それぞれが個別に食べる孤食社会に対して、お料理の方が「それは、おかしいぞ!」と警告を与えてくれています。 そんな声にも耳をすませたいものです。
また、この「冷める時に味は染み込む」が理解できると、自然と節電にも至ります。 もはや余分な火力を使用しなくなるでしょう。 原発問題でエネルギーが逼迫している現在、まさにこの事は切望されています。 適切な加熱が分かれば、無駄がなくなるのです。 そのために、加熱のしくみを今一度勉強する時です。 それは、美味しさだけではなく、きっと美しい生き方にもつながっていくことでしょう。